巫女遊撃隊

第二部NO.05


私が最初の衝撃から立ち直るまで暫く掛かってしまった。情けないけど、腰が抜けてしまっていたのだ。
慧さんが私に肩を貸してくれる。
「・・・気持ちはわかるわ、私も最初はそうだったから。」
初めて『妖』と相対した時は、慧さんも今の私同様、恐怖で何もできなかったらしい。
「恐れるな・・・なんて言わないわ。恐れる事を忘れたら、それが何時か身を滅ぼすことになる・・・けど。」
私を立たせてくれながら、慧さんは微笑んで言う。
「貴方にはそれを封じる力がある・・・・多くの人々を守る力が・・・・それを信じなさい。」
「・・・・・はい。」
私は頷く。そうだ、ここで躊躇してはいられない。それでは今までやって来た事が無駄になる。
そんな私を見て、慧さんは微笑を浮かべると、森の奥へ再び歩み始める。

がさがさ!

前方の草むらがざわめき、二体の影が私達の前に飛び出してくる。
「綾ちゃん!」
慧さんの叫びが、硬直しかけた私を叱咤する。
「は、はい・・・・蒼き浄化の炎よ、我に従い、邪気なるものを、封印したまえ・・・・!」
何とか意識を奮い立たせて私は祝詞を唱えると、『御神刀』を掲げ、迫ってくる『妖』に振り下ろす。

グゥエエ!!

『妖』が青い炎に包まれ絶叫をあげたと思うと、先ほどと同じようにどす黒い玉に変わる。
その横で慧さんが、落ち着いた動作で、もう一体を封印している。
「良いわよ綾ちゃん・・・その調子で行きましょう。」
玉になった『妖』に『封印の札』を貼り付けながら、慧さんが褒めてくれる。
ところであの『封印の札』、分かりやすく言うと鍵みたいなものらしい。
『御神刀』で『妖』を箱みたいな物に封じ込めて、『封印の札』で鍵を掛ける・・・これが封印の儀式と呼ばれるものだ。
ただ、こうして封印してもその効果は数十年くらいで弱まり、場合によっては解けてしまう。
だから封印された『妖』はまとめられて石柱に封じ込め、定期的に『祓い』の儀式で封印を維持するのだが・・・・
「今現れている『妖』って、その石柱・・『封印石』を人が不注意に壊してしまった結果なの・・・・」
せっかく『封印の巫女』達が封じ込めてきたのに、目先の事ばかりを考える人々によって解き放されているのだ。
「何だか許せない話ですね・・・・」
慧さんの話を聞いて、私は憤慨する。だって巫女達がそれこそ命がけで封じているのに、それを台無しにする人が居るなんて。
「そうね・・・・今回の件もせっかく警告したのに、こんな結果になってしまったわ。」
工事を急ぐあまり、『封印石』の事を神社に連絡せず破壊してしまったのが、今回の事件の原因らしい、と慧さん。
何でもその破壊した犯人・・・現場の責任者は、かつて慧さんが諭そうとした男らしく、余計責任を感じているみたいだ。
ちなみにその責任者の男、『妖』によって他の作業員共々重症を負わされ、病院送りになった。
でも私に言わせれば、慧さんの警告を無視してそんな事をしたのだから、自業自得だと思う。
こういう事は結構多いらしい・・・特に殿方達にその傾向が強い・・・と慧さんは苦笑いしていたが。
私はますます憤慨して、つい口に出してしまう。
「まったく私達が女だからって馬鹿にしているんですよ男達は・・・・」
あれ・・・?・・・・”私”達が女?・・・・男達は・・・?・・・・って私何言って・・・・
何時の間にか女の立場で、男に怒りを覚えている自分に気付いて唖然とする私。
「?」
慧さんはそれを不思議そうに見つめてくる・・・というか、彼女も私の言葉を違和感なく受け入れているみたいだ。
は〜あ・・・・ますます女性化しているよ・・・・もしかしてこうやって段々”女の子”になって行くのかな・・・・激しく落ち込む私だった。
そんな私の気持ちを他所に、封印の方は順調に進んでいた。
・・・といっても順調なのは慧さんの方で、私は3回に1回は失敗しては助けてもらう有様だった。
祝詞を途中でつっかえてしまったり、力の発動のタイミングを間違って空振りしてしまったりと。
「初めてだからね・・・・今回は封印に慣れることが出来ればいいわ。」
そう慧さんは言ってくれるけど・・・その分、彼女に負担が掛かるわけで申し訳なくなってしまう。

森に入って30分を過ぎた頃、急に『妖』の姿が見えなくなる・・・と言っても全て封印されたわけではない。
気配をまだ感じるからだ。ただ、最初とは様子が変わってきた事に私と慧さんは気付く。
「『妖』の気配が一箇所に集まりだしている・・・?」
「・・・綾ちゃんもそう感じるのね。」
私達は顔を見合わせて頷き合うと、気配が集まっている場所へ慎重に接近して行く。
只ならぬ気配の動きに私と慧さんは緊張する。汗が更に吹き出てきて、今や長襦袢だけでなく、下着までも肌に張り付くようだ。
お陰で胸の形やフラットな股間を余計意識してしまう・・・・ああ、女の子の身体なんだな・・・と。
その時だった。
「・・・・!!」
「け、慧さん!?」
『妖』が集まっていた場所に、今までとは比べ物にもならない強い気配が生まれるのを私達は感じた。

ぐぅぅおおーーー!!!

凄まじい絶叫と共に、前方の樹木が倒され・・・・そいつが出てくる。
「・・・・え?」
「・・・・・・・・・・・」
その姿は・・・・形はそれまで見たものと変わらなかったが、大きさが段違いだったのだ。
私はかつて動物園で見た熊を思い出していた。もっとも今目にしている『妖』に比べれば、熊なんか可愛い物に思える。
それが首をもたげ、口から涎らしきものを垂らしながら、爛々と輝く目で私達を見ているのだ。
「残った『妖』が合体したっていうの?」
『御神刀』を掲げ、間合いを計りながら慧さんは大きくなった『妖』を睨む。
「そんな事ってあるんですか慧さん?」
私は足ががくがくして、立っているのもやっとの状態だった。
「古い文献に載っていたのを見たことがあるわ・・・・もっともあくまで伝承だと思っていたけど。」
そう言う慧さんだったが、目の前に居るのは伝承でもSFXでも無い、正真正銘の化け物だ。

うぐぐ・・・・・!

「今回は綾ちゃんには慣れてもらうだけのつもりだったんだけど・・・・そうもいかなくなっちゃったわね。」
唸りながら私達を値踏みしてくる『妖』を見ながら、慧さんが言う。
「た、確かにそうですね・・・・」
迫ってくるそいつを見ながら私は呻く・・・・・とんでもない初仕事になりそうだ。
妙に落ち着いた気持ちでそんな事を考える私だった。

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