事件から２日後の朝。
私と慧さんは事後処理の関係で登校が遅れ、学院へはタクシーで行くことになった。
まあ事後処理と言っても大した物でなく直ぐに片がついた（といっても私は何もしなかった）けど。
「何とか間に合いそうね。」
タクシーの中で慧さんが時計を見ながら言う。確かに予鈴のなる前には着けそうな感じだ。
それにしてもタクシーで学校に行くなんて何だか贅沢な気分だ。まあ慧さん曰く、「これも巫女の特権よ」との事だ。
ただ････タクシーの運転手のおじさん、やたら感激するのは良いんだけど、ちゃんと前を見て運転して欲しい。
「いや〜巫女様を乗せられるなんて運転手冥利につきますよ････あ、後でサインお願いします。」
いや私達アイドルじゃないんですけど････慧さんは慣れているのか、差し出された色紙に快くサインしている。
「まあこれも巫女としての仕事の一つよ･･･市民の方達に理解してもらうためのね。」
そう言われれば納得出来ない事も無いんだけど･･･前日もテレビや新聞の取材があった時に、伯父さんもそう言っていた。
でも『突如現れた新しい巫女様は、まだ年若きティーンエイジャーの美少女です。』と言う紹介は止めて欲しかった。
後、巫女の事以外の質問をされるのにも閉口させられた（男性の好みとかファッションについてとか･･･）。
つい最近まで男だった私に答えられる訳もなく、当たり障りの無いことを言って誤魔化すのが精一杯だった。
少々悪いとは思ったが、それが「奥ゆかしい巫女様ですね」と逆に受けていたのには、喜んで良いのやら････
とまあそんなわけで、せっかくのお休みも、気疲れのする一日だったわけだ。
だから学院に行ける今日は気楽だと思った･･･いくら何でもそこでは質問攻めは無いだろうと思ったからだ。
にこやかに話している慧さんと運転手に挟まれながら私はそんな事を考えていたのだけれど。
だがそれがとんでもない間違いである事を、私はその時点では気付きもしなかった。

学院の前には何時も通りの時間に着くことが出来たようで、まだ多くの生徒達が歩いているのが見える。
正門の傍で停車したタクシーから私達は礼を述べながら降りる。ちなみに料金は取られない、宣伝になるかららしい。
それはまあ良いんだけど････
「このサインは家宝にしますから！」
運転席から身を乗り出して、色紙を振りながら大声で言うのは･･･勘弁して下さい、ほら周りの目が･････？
それまで歩いていた生徒達が立ち止まり、一斉にこちらに視線を向けているのだが、様子が変だった。
「･･････？」
それに戸惑っていると、次の瞬間生徒達が殺到して来て、私達はあっと言う間に囲まれてしまう。
「「「「ごきげんよう！！姫様。」」」」
まず慧さんに挨拶をする生徒達･･･ここまでなら前にも見た光景で、驚きもしなかったけど。
「「「「ごきげんよう！！妹姫様。」」」」
続いて生徒達が私を見て言った言葉には、驚きのあまり意識が飛びかかった。だって･･妹･･姫･･様････？
周りを囲んでいるのは前回と同じ････２年と３年の上級生達だ、その人達から、様呼ばわりされる私って･････
「ごきげんよう皆様････（ほら綾ちゃん返事をして）。」
何時もと変わらない態度で挨拶を返す慧さんは、小声で私に挨拶を返すよう促してくる。
「あ、はい。ご、ごきげんよう皆様。」
残念ながら慧さんのように優雅にとはいかなかったが、何とか微笑んで挨拶を返す私。
「昨日はお疲れ様でした姫様。」
「妹姫様もお疲れ様でした････巫女服姿も素晴らしかったですわ。」
「ええ、清楚で神々しくて････もちろん姫様もですが･･･」
「ニュースは録画しましたし、新聞は全て購入しておりますわ。」
「あら私だってもちろん･･･県外でのニュースももれなくチェック済しておりますわ。」
前回を上回る騒々しさに、私はどう答えれば良いか分からず固まってしまう。第一、”妹姫様”って何なんだ？
「あの･･慧さん、皆さんが言っている”妹姫”ってどういう意味なんでしょう？」
周りを囲む生徒達を見ながら私は慧さんに尋ねる。
「まあ･･･姫である私の妹だから”妹姫”て言うんでしょうね。誰が言い出したのかは何となく予想できるけど。」
そう言って慧さんは周りを囲む生徒達の後方に声を掛ける。
「ねえ･･･若様？」
囲んでいた生徒達がその声に道を開けると、件の人物の姿が現れる。それは神前寺静香様、通称若様だった。
「彼女に相応しい名前だと思いませんか姫様？」
にこやかに笑いながら若様は言うと、周りの生徒達もそうだと言うばかりに一斉に肯く。いや上級生達だけではなかった。
いつの間にか、一年生達も私達を取り囲む一団に加わっていて、若様の言葉に感嘆した表情で肯いている。
その中には麻耶さんをはじめとする１−Ｄのクラスメイト全員もおり、私に手を振ってきている。
････というか皆、教室に行かないで、私達が登校して来るまで、ここで待っていたの？
「麗しきもう一人の姫君が誕生というわけですわ･･･ねえ皆様？」
「「「「「「「　はい！！　」」」」」」」
私の疑問など何処吹く風とばかし、若様と少女達の声が学院正門前に高らかに響く。
「･･･若様・・貴女って人はもう････」
そんな状況に、慧さんは眉間に指を当ててぼやき、一方私は事態について行けずに、呆けたようにその光景を見ているしかなかった。
「･･と言う訳で、妹姫様今後とも宜しくお願いいたしますわ。」
とぼんやりとしていたら突然若様が私の両手を握ってそう言ってきた、しかも顔を至近距離に近づけて。
「え･･･あの・・わ、若様何を？」
それでなくても魅力的な美貌を、こんな近くで見せ付けられたら心臓に悪い。私は顔が真っ赤になるのを感じる。
「ちょっと若様、何をなさっているんですか？」
それを見た慧さんが私を引っ張って若様から離すと、自分の胸の所に抱き寄せて言う。
「姫様と若様が妹姫様を････今のを見ましたか？」
「ええ、若様が････でも妹姫様ならお似合いかもしれませんわ。」
「いえ、姫様にはやっぱり若様ですわ！」
「私は妹姫様とお近づきに････」
「そうですわね、私も妹姫様とお茶会を開きたいですわね。」
「やっぱり若様が･･･」
「姫様が･････」
高まる生徒達の声････一体何だっていうんだ？　でもそんな事に構わず私を真ん中に、睨み合う慧さんと静香様。
「若様はやはり要注意人物ですわね。･･･言った筈ですわね、お近づきになるのはお止め下さいと。」
「妹姫様が誰とお近づきになろうと、それは本人の自由ですわ･･･いくら従姉とはいえ、介入するのは無粋では？」
それ以前に私の意志を聞いて欲しいんですけど･･･二人ともそんな気は無いみたいだった。
「は〜あ･･･これからどうなるんだろう？」
騒ぎ立てる女の子達と、私の所有権（？）を争う慧さんと静香様を見ながら、これからの生活が平穏とは程遠いものになるのを感じていた。