〜綾視点モード〜

中学時代の友人である宮村さんが『宮内神社』に訪ねて来たその日。
電車の運休で彼女を泊める事になってしまった。
正直いって宮村さんをここに泊めるには大きな不安が私にはあった。
何しろ宮村さんは私が『神城薫』だった頃を知っているのだ。そう、男だった僕の事を････
まあ私も慧さんに鍛えられたお陰で、言葉遣いや仕草は何とか女の子に見えていると思う。
少なくても桜木へ来てから知り合った人達は疑ってはいなかった。でも昔から知っている人達にはどうなのか？
図らずもそれを確かめる羽目に私は陥ってしまったのだ。

慧さんから翌日の神事の延期を告げられた。まあこれは何となく予想していた事だったのだけど。
次に慧さんが言った言葉はまったく予想していないものだっただけに、私を大いに慌てさせた。
「それから･･･悪いんだけど綾ちゃん、宮村さんと一緒に風呂に入ってくれるかしら？」
お、女の子と一緒に入れって言うんですか慧さん。だが慌てている間に状況はより悪い方へ進んで行く。
「はい、いいですよ私は。」
何と宮村さんが承諾してしまったのだ。そりゃ今の私は女の子だけど、元”男”なのだ。いくら何でも･･･
「な、何でですか慧さん？」
慧さんだって知っている筈なのに、何故そんな事を言うのか？私は目で必死に訴えるのだが。
「こちらの風呂なんだけど、ボイラーの調子が悪いみたいなの。だから離れのお風呂を使って欲しいの。」
離れのお風呂っていうのは、神社の奥に更衣室と併設して建てられている、巫女さん専用の風呂のことだ。
『宮内神社』で働く巫女さんが、勤めの後に身体を流せるようにと作られた、福利厚生施設といったところか。
ただし私は今まで使った事はない。風呂なら住んでいるこの家にも有るので使う理由が無いからだ。
「あそこまでお客様を一人で行かせるわけにもいかないし、私は夕食の準備で手が離せないの。」
私の視線による訴えに対し、すまなそうな顔をしながら、慧さんが理由を教えてくれる。
確かにあそこまで行くには結構複雑な道順を経なければならない。
不埒な輩に対する為、容易にたどり着けない構造になっているからだ。
ちなみに私達が禊（みそぎ）を行う水場もそこに在り、それらを含めたこの区域は、言うまでも無く男子禁制の神域だ。
しかし邪な事を考えるのはどこにでも居るらしく、過去何度かそこへ進入しようとした者達がいたらしい。
だが大概は複雑な順路に迷っているところを発見され、つまみ出されるのがオチだった。
それでも唯一神域まで進入した”つわもの”がいた、ただし直ぐに巫女達に捕らえられ、その時の怪我が原因で入院する羽目になった。
公式にはその男の怪我は、逃げる途中に足を滑らせ崖から落ちて、と言うことになっている。
が実際は袋叩きにされたのが真実らしい。それは特に怪我の酷かった箇所が股間だったという点からも明白だ。
元”男”（笑）の綾はそれを聞いて、思わずその男に同情し、巫女とはいえ女性は決して怒らせないようにしようと思ったものだ。
（閑話休題）
そういう事情であれば綾も断るわけにもいかなかった。それに余りごねると宮村さんが怪しむかもしれない。
「それじゃ準備してきますね、宮村さんは居間でお待ち下さいね。」
「はい。」
宮村さんの返事を聞くと、私は自分の部屋に着替えを取りに戻る為二階へ向かう。
部屋に入った私はタンスから手早く下着を取り出･･・せなかった（泣）。何時ものごとく引き出しを開けた状態で固まるからだ。
女性用の下着を身に着けるようになって大分経つけど、未だに慣れる事が出来ないでいる。といえこのままでいる訳にもいかない。
萎える意志を何とかかき集め、下着を取り出すと、パジャマと共に抱えて部屋を出る。
なお例のごとく私には絶対恥ずかしくて着れない物（慧さんと母親が面白がって買った）も入っていたがもちろん無視した。

居間で合流した私達は家を出ると境内を進み、社務所を抜けて裏手に出る。そこには小さな棟があり、二人はそちらに向かう。
扉の前に着いた私は、持ってきた鍵で扉を開け、宮村さんと共に入り扉を閉める。もちろん鍵を内側から掛け直すのも忘れない。
二人はそこで靴を脱ぎ、電気を付けて板間の廊下を先に進む。既に他の巫女さん達は帰っているので、静かだった。
途中で左右に分かれる場所に出た私は迷う事無く右の方に進む。
「あの･･･そっちでいいんですか？」
宮村さんが左側の方を見て聞いてくる。そう、確かに左の方はかなり先まで続いて見えるが、右側の方は行き止まりになっているのだ。
「いえ、こちらでいいんですよ。」
私は微笑むと彼女を促して右に進む。そして行き止まりである壁に近づく。すると壁に対して左側の方に扉が有るのが見える。
そう、これ一種のトリックなのだ。人はわざわざ行き止まりの方には行かないだろう、まして反対側にちゃんと道があるのなら。
実はあちらの方が行き止まりになっている、しかもかなり進んでからだ。これが不埒な輩対策の為に設けられたものである。
隠されていた扉を開け、私と宮村さんは先に進む。似たような分岐点は幾つもあって、これらを越えないと先には進めない。
「すごいですね･･･こんなふうになっているなんて知りませんでした。」
「まあね。私も最初に通った時は驚かせられたし。かなり徹底しているからね。」
廊下を進みながら私と宮村さんは話す。ここまで徹底させたのは３代前の『封印の巫女』、つまり『神北綾』様だったらしい。
やがて私達は棟の外に作られた屋根付きの廊下を進み、３方向に分岐する場所までやってくる。
ちなみに左に行くと禊（みそぎ）用の水場、右が更衣室、そして真っ直ぐが目的のお風呂場だ。
私達はもちろん真っ直ぐ進む。そういえば水場以外に行くのって初めてだったなと気付く。
お風呂は大概家の方で済ましていたし、巫女服への着替えも自分の部屋でやっていたからだ。
やがて目的地の風呂場に到着し、まずは脱衣場に入る私達。脱衣籠が板張りの床に幾つか置かれただけの質素な所だった。
「そ、それじゃ・・きき、着替えて入りましょうか。」
どもってしまう私。いくら今は女の子同士とはいえ、元”男”の自分としては、これはとても気まずい。
「そう･･･ですね。」
宮村さんはそう答えると、籠の一つに持ってきた衣服を入れ、脱ぎ始める。
私はそんな彼女から出来るだけ離れ、宮村さんの方を見ないようにして、自分も脱ぎ始める。
今まで一緒に入浴した同性（笑）は従姉の慧さんのみで、それ以外の人とは今回が初めてなので否応なしに意識してしまう。
私はこうなったら出来るだけ早く入浴を済ませるしかないと思った。
兎に角下着まで脱ぐと手早くタオルで身体を覆い、宮村さんの方を見る。彼女も既に脱ぎ終わっており、同じようにタオルで隠していた。
視線が合うと、宮村さんは恥ずかしげに俯く。私も似たようなものだろう、暫し二人して固まってしまう。
だが何時までもそのままでいるわけにいかない、私は意を決して風呂場への扉に向かうと宮村さんも付いてくる。
扉を開けると、湯気の立ち込める中、全面を檜で作られた非常に趣のある風呂場が見えてくる。中央にはお湯を湛えた風呂がある。
広さも家の風呂場の倍はあり、一度に５，６人は入浴できそうだ。落ち着くような檜の香りがしている。
扉の傍に置いてあった桶を持ち、風呂からお湯を汲み身体に掛けると、私と宮村さんは風呂に身体を浸ける。
広くてゆったりした風呂なので、私は宮村さんから少し離れた所に腰を下ろし、出来るだけ彼女を見ないようにしていた。
はっきりいって恥ずかしい、宮村さんの身体を見ることも、自分のを見られるのも。
暫し沈黙が流れる風呂の中。
「･･･綾さん、お聞きしたいことがあるのですが。」
沈黙を破ったのは宮村さんだった。
「え･･･と何でしょうか？」
「綾さんと神城君は幼い頃から離れてお暮らしになっていたのですよね？」
それは私が彼女に言った嘘の設定。薫と綾との関係を聞かれた場合は、そのように説明する事に関係者間で取り決めていた。
「その通りですけど････」
「そのわりに、お二人は癖までそっくりなんですね････」
そうだった･･･彼女は人の細かい仕草に敏感だった、多分本人も気付かなかった薫の時の癖を今の綾に見つけたんだろう。
私の方を恥ずかしげに見ながらも、その目は真剣そのもので、私は熱いはずの湯の中で冷や汗が出てくるのを抑えられなかった。
そんな状況のなか、どう納得してもらうか･････私は考えあぐねていた。