〜美智子視点モード〜

「そのわりに、お二人は癖までそっくりなんですね････」
「････････」
私の投げかけた質問に、綾さんは肩をぴくりと動かす。視線も別の方に向けられ、落ち着かない仕草をする彼女。
神社の奥に有るお風呂場で、私と綾さんは大き目の風呂の中で、至近距離で対峙していた。
お互いの身体を隠してくれているのはタオル一本。正直いって私はとても恥ずかしかった。
タオル越しでも綾さんのスタイルの良さはよく判るからだ、自分の身体に自信の無い私にはとても眩しく映る。
確かにこうして見れば綾さんは私と同じ女の子に見える。が、しかしどうしても猜疑心を拭えないのだ。
私が知っている神城薫君と何もかもがそっくりに見える神城綾さんの存在に････そして行き着いてしまう。
最初に綾さんと会った時に想像してしまった事に。会いに行った男の子が、実は女の子だった、というあの話に。
これは私の想像の飛躍しすぎの産物なのだろうか？彼に会いたいという気持ちが、そんな事を考えさせるというのか。
「･･･ま、まあそういう事も有るかも知れませんね、私は意識したこと無いんですけど。」
相変わらず私の方を見ようとせず綾さんは答えるが、動揺は隠せない。彼女は絶対何かを隠しているのを確信する。
「癖って長い間一緒に居ないと同じになんてならないと思うんですけど･･･」
綾さんの話では、神城君と彼女は幼い頃から離れて暮していたと言っていた、それなのに同じような癖を持っている。
「･･･それは･･･その･･･まったく会っていなかったというわけでは無くて････」
私の視線をますます避けるように顔を背ける綾さん。そのせいでうなじが晒され、どきっとさせられる。
「･･･････」
私も思わず彼女から視線を外してしまう。暫しお風呂の中で互いに視線を逸らしながら黙ってしまう私達。
「え･･･っと・・そろそろ身体を洗いましょうか？」
沈黙を破って綾さんは逃げるように風呂を出る。私も彼女に続いて出ると、洗い場に向かう。
「先程の話だけど、短期間一緒に居た時もありましたから、その時に癖が写ったんじゃないかしら？」
隣に並んだ私に綾さんは引きつった笑みを浮かべながら言ってくる。でもまったく説得力が感じられない。
彼女は最初、ずっと離れて暮していたと言っていた。それなのに今度は短期間は一緒だったと言う。
「で、でもそんな事お聞きになるなんて････何かあるんですか？」
「･･･本当の事を知りたいんです。もし神城君に何か有ったのなら私は彼の･･･ち･･力に････」
綾さんの言葉に答えようとする私は、意識が朦朧としてきた事に気付く。何だか視界も狭まってきて････
「み、宮村さん！？」
意識が闇に飲み込まれ消えて行く････そんな私が最後に見たもの、それは心配そうな顔をした･･･神城君の顔だった。
『・・か・・神城・・・く・・ん？・・・・』

ばさばさばさ・・・
「気をつけろ！このノロマ！」
持っていた本を、後方から来た男子生徒にぶつけられたはずみで、私は床に多量に落としてしまった。
しかしぶつかってきたその男子生徒は見向きもせず、友人達と共に行ってしまう。
「････ふう。」
ため息を付いて私は本を拾い上げようとする。本当は文句の一つでも言ってやりたいのだけど。
中学に入って数ヶ月、私は乱暴な男子に今だ慣れる事が出来なかった。粗暴で、自分勝手で、女の子に酷い事を平気で言う。
これなら私立の女子中でも行けば良かっただろうか、そう思いながら本に手を伸ばそうとした私に誰かが声を掛けてくる。
「どうしたの宮村さん？」
その声に振り向いた私はそこに立っている生徒を見て、眉を顰める。それは男子生徒の制服を着ていたからだ。
だがその相手が誰だか気付くと、ほっと胸をなでおろす。彼なら先程の男子生徒とは違っているのを知っていたからだ。
彼の名は神城薫君。クラスメイトであり、教室ではお隣さん。本が好きで、私とは話が合う唯一の男の子だ。
「うん、本落としちゃって･･･」
神城君は肯くと、その場に屈むと本を拾い上げるのを手伝ってくれる。
「宮村さん、また一人で本運んでいたの？」
彼と同じように屈みこんで本を拾い上げていた私に神城君は心配そうな顔を向けて聞いてくる。
「宮村さん？」

意識がそこで一瞬途切れ、気付くと古ぼけた天井を見ている事に気付く。何だか身体がだるい、何があったのだろう？
何とか部屋を見渡した私は、そこが神城君に会う為に訪れた神社にある住居の一室だと気付いた。
そこから私は、昼間に出会った同年代の巫女の事、そして抱いた疑念を確認する為彼女と風呂に入った事を続けて思い出す。　
ガラ･･･
扉が開き誰かが入って来る。顔を上げて見た私は、それがあの同年代の巫女である、綾さんである事が分かった。
「あ･･･目が覚めましたか？･･･急に倒れたから驚きました。どうやら湯あたりしたみたいですね。」
彼女はそう言って、私の傍らに正座すると、持ってきたタオルを私の頭に掛けてくれる。
「そうだったんですか、ご迷惑をお掛けしました。」
風呂に入っていて、真相を聞こうとして、どうやら長く湯に浸かり過ぎていたみたいだ。
「いえ構いませんよ、むしろ私が気付いてあげなければならなかったんですから。」
濡れタオルの冷たさに、少しづつ意識がはっきりしてきた私は、綾さんの今の言葉で、直前まで見ていた夢の内容を思い出す。

「宮村さん、また一人で本運んでいたの？」
「うん、私当番だったから････御免なさい、迷惑掛けてしまって･･･」
すまなそうに言う私に神城君はこう言ってくれた。
「いや構わないよ、むしろ僕が気付いてあげるべきだったんだから。」

・・・ここまで似ているなんて、やっぱり綾さんは・・・

「食事の用意がすんでいるのですが食べられますか？」
綾さんの問い掛けに私は意識を引き戻される。
「はい、気分は大分良くなったみたいですので。」
彼女は肯くと立ち上がる。
「それじゃこっちへ持ってきますね。」
「あ、綾さん。」
部屋を出て行こうとする綾さんを、私は起き上がって呼び止める。
「本当にありがとうございます･･･でも私ってあの時と変わっていませんね、本を落として迷惑を掛けてしまった時と･･･」
私の言葉を聞いた綾さんは微笑みながらこう返してくれた。
「気にしないで、あの時宮村さんを助けられて良かったと思っているから、本を拾い集めることく･･ら･･い･･・・・」
綾さんの微笑が段々引きつっていくのが分かる。彼女も自分が私の言葉に引っ掛けられた事に気付いたようだった。
これではっきり確証が得られた。私は綾さんに向かってにっこり笑いながら言った。
「･･･はい、あの時の事は今でも感謝してます･････神城薫君。」