〜綾視点モード〜
「気にしないで、あの時宮村さんを助けられて良かったと思っているから、本を拾い集めるく･･ら･･い･･」
私は表情が段々引きつっていくのが分かった。完全に宮村さんの言葉に引っ掛けられた事に今更ながら気付いたからだ。
「･･･はい、あの時の事は今でも感謝してます･････神城薫君。」
その時全ての動きが止まって見えた私だった。
それにしてもあの宮村さんが狡猾な、と言ったら何だけど、こんな手を使うなんて･････
完全に不意打ちだった。まあ、そんな手に引っかかる私も迂闊なのだけど。
暫し沈黙し互いに見詰め合う私達。
「･･･どうして隠したんですか？」
ふと目を寝ていた布団の方に落とし、宮村さんが聞いてくる。でも私はどう答えればいいのだろう？
自分の身体に起こった事を正直に言うべきか？でもこれは私だけの秘密ではないのだ。
伯父さんや慧さんを含めた『宮内神社』全体に関わる問題だ。おいそれと話せるものではない。
そんな途方に暮れた私を救ってくれたのは、開きかけの扉の向こうから掛けられた慧さんの声だった。
「これ以上隠すのは無理よ、綾ちゃん。」
「慧さん？」
その声に私は驚いて扉の方を見る。

ガラ･･･

扉を開いて部屋に入ってくる慧さん。宮村さんを見てから私に肯いて見せる。
「私も･･･宮村さんを、というか彼女の強い想いを見くびっていたようね。」
視線を上げる宮村さん、慧さんは彼女の傍に屈みこむとほほえむ。
「貴方を騙そうとした事は謝罪します、でもそれは綾ちゃん、いえ薫君の人生に関わるからだったのは理解して欲しいの。」
暫く慧さんの目を見ていた宮村さんは理解したと言うように肯いた。
「ありがと･･･とりあえず詳しい話は後にしましょう。食事が冷めてしまうわ。」
私達３人は客間を出て、一階の食堂に向かい、腰を下ろす。ちなみに伯父さんはまだ帰っていない。
「さあ食べましょうか、宮村さんも遠慮なさらずにどうぞ。」
箸を取り食べ始める慧さん。私と宮村さんも食事に箸をつける。暫くは静かな食事が続く。
慧さんの作った料理は相変わらずおいしそうだったけど、私は宮村さんの事が気になって味を感じる余裕が無かった。
その宮村さんは黙って食事をしていて、私を見ようとせず、声も掛けてこなかった。
やがて緊張感の漂う食事を終え、片付けを済ますと、私達は居間に移動した。
「さて･･･それじゃとりあえず何が薫君に起こったのか、最初から話すわ。」
私と宮村さんの前に座った慧さんはお茶を前に話を始める。
「慧さん･･･伯父さんには？」
宮司である伯父さんが居ない事が気に掛かり私が聞く。
「お父様には後で話すわ･･･心配しなくて大丈夫だから。」
慧さんはそう言って微笑む。まあ彼女が言うのだから問題は無いとは思うのだけど。
「まずそれは薫君が神社に着いたその日の真夜中に起こったの････」
そう言って慧さんはその時起こった事を語り始めた。
私が無意識のまま、裏山の封印された祠に行き、誰も触る事の出来なかった『御神刀』に触れ･･･
身体が女の子化してしまい、『神城綾』と名乗る事になった経緯を･････
慧さんが話し終わると、神妙な表情でそれを聞いていた宮村さんは俯いて何か考えているようだった。
「･･･まあ信じられないかもしれないけど、本当の事なんだ。」
私はそう言って宮村さんを見る。
「･･･確かに信じがたい話ですけど、綾さんが神城君であるのは間違いないですし、私はその話、信じます。」
宮村さんは顔を上げると、私の方を向いて、ハッキリした口調で言う。
「ありがとう宮村さん、それにしてもよく分かったよね、私が”薫”だって･･･」
「そ、それは････」
私の言葉に顔を赤くして俯いてしまう宮村さん。
「それはそうよ、宮村さんにとってはとても大切な事ですから。」
宮村さんの反応に戸惑っている私に、慧さんは意味深な事を言ってくる。
「それってどういう意味なんですか？」
「それは私の口からは言えないわ。」
私の疑問に慧さんは複雑な笑みを浮かべたけど、次の瞬間表情を引き締めて宮村さんに言う。
「さて宮村さん、この事を知ったからには貴方にも覚悟を決めてもらう必要があるわ。」
覚悟って、慧さん何を言うつもりなんだろう？まさか監禁でもするわけでもないだろうけど。
「秘密を知ったからには私にもそれ相応の責任を持ってもらう、と？」
冷静な口調で慧さんの言葉に答える宮村さん。
「ちょっと待って下さい、そんな覚悟とか責任とかって、今回の事は私のせいで････」
焦った私が口を挟むけど、慧さんの視線に黙らずをえなかった。
「良いんですよ神城君、いえ綾さん。私もその覚悟はあるつもりですから。」
宮村さんはそう言って笑う。その表情に怯えや後悔は感じられない。
何だか女の子っていざとなると強いんだな、私は今更ながら思う、いや私も今は身体は”女の子”なんだけど。　
「合格よ宮村さん、貴方なら信じても大丈夫ね。」
慧さんは満足そうに肯いてそう言うと立ち上がる。
「とりあえず明日、お父様を交えて具体的な話をしましょう。今日はもう二人ともお休みなさい。」
そう言って居間を慧さんは出て行き、私と宮村さんが残される。
何となく気まずい感じが漂い、私は宮村さんに掛ける言葉が見つからなかった。
「･･･どうして話してくれなかったの？」
宮村さんは俯いたまま、そう話し掛けてくる。その口調は怒っているような、悲しんでいるような感じだった。
「ごめん･･･出来ればこんな姿知られたくなかったんだ。
だって男から女へ変わったなんて気持ちが悪いんじゃないかと。」
俯いたまま答えない宮村さんに、私は罪悪感が募る。何しろ最初は、何とかして追い返そうとしていたんだから。
「･･･でもそれは理由にならないね、宮村さんを騙そうとしたのは事実だし。だから償いはするつもり。」
私は宮村さんに向き直り言う。
「だから何でも言ってほしい。」
そんな事で許してもらえるか分からないけど、今の自分にはこれしか言えなかったから。
「それなら･･･今日は････私と一緒の部屋で寝てもらえますか？」
「へっ？」
顔を上げて私を見る宮村さん。その表情は････笑っているの？
「で、でも私は男･･･」
「今は私と同じ”女の子”です。今日は一晩付き合ってもらいますから。」
････私はまた彼女に引っ掛けられたみたいだった、あの控えめで内気だと思っていた女の子に。
「嫌とは言いませんよね？」
結局私に拒否する事など出来るわけも無く、お風呂に続いて宮村さんと一緒の布団に入る事になったのだった。