巫女遊撃隊

第三部NO.08


〜美智子視点モード〜

布団を客間に移動させ私の布団の横に引く綾さん。今になって大胆かなと私は思ったのだけど。
準備を進める神城君、いえ今は綾さんだった、はピンクのパジャマを着ている。
その姿は女の子そのもの、だから大丈夫、女の子同士なのだから、私は自分に言い聞かす。
やがて準備は終わり、客間には布団が二つ並べられる。
「え・・・と、それじゃ宮村さん・・・」
「はい・・・」
電気を消すと私達は布団に潜り込む。家の周りに何も無いせいか、部屋は真っ暗になる。
暫く布団の中で沈黙している私達。でも二人とも眠れないでいた。奇妙な緊張感が続く。
「神城君は・・・女の子になってどうでしたか?」
何時までもそのままでいるわけにもいかず、私は顔を隣の方に向け話し掛ける。
「どうって・・・最初は、いや今もだけど戸惑いの連続かな、全然慣れない。」
暗くて顔は見えないけれど、苦笑いしているのだけは分かった。
「まるで別世界に来た気分、何もが初めてで大変、まあ慧さんのお陰で何とかなったけど。」
慧さん・・・彼女は神城君が女の子になってどう思ったのだろう?困惑しなかったのだろうか?
「ご両親は驚かれたでしょうね?」
「・・・・どちらかと言うと・・・喜んでいたけど。」
神城君のご両親は娘が出来たと喜び、彼としては複雑な気分にさせられたらしい。
「・・・宮村さんは・・その・・どうなのかな?やっぱり嫌になった?わ、僕が女の子になって。」
「嫌とかは思わないわ、ただちょっと複雑な気分だけど・・・・」
そう、女の子になった神城君・・綾さんを嫌とは思わなかった、正体が判ってもまったくそういう気持ちを持たなかった。
「複雑な気分って?」
その問いかけに私は深呼吸して自分を落ち着かせる。
「・・・・だって・・・神城君に言いたい事があって来たのに、女の子になっていたから。」
小説のような事になっているなんて・・・まさか自分が現実にそんな事に遭遇するなんて、普通は予想出来ないと思う。
「言いたい事って何なの宮村さん?」
言うべきだろうか一瞬迷ったけど、自分がここに来たのはその為だと思い、私は勇気を振り絞って言う。
「私・・・神城君の事が・・・好きなの・・・初めて会った時から・・・」
「え、宮村さん?」
驚いて起き上がる神城君、私は恥ずかしさに思わず布団を被ってしまう。それにしてもこんな形で言う羽目になるなんて。
何しろ告白したかった相手は、今や女の子の姿なのだから。
「本当は卒業式の時に言うつもりだったの、でも結局言えなくて・・・うじうじしているところを友達に言われて・・・」
「・・・そうかそれで。ははは、ありがとう宮村さん、とても嬉しいな、そう言ってもらえて。」
その声に布団から顔を出して見上げると、そこには私を優しく見つめる女の子の姿になった神城君がいた。
「身体がこんなになったせいで男の頃にあった繋がりが消えちゃったと思っていたけど・・・・」
混乱した私に気付かず話し続ける神城君。私はその顔に何とも言えない悲しみが有るのに気付く。
「・・・少しでも繋がりが残っていると分かって嬉しいと思ってる。だからありがと宮村さん。」
「神城君・・・・」
隣で俯いて喋る今は少女となった神城君を見ている中に、何だか急に愛おしさを感じ、思わず私は布団から出て抱きしめてしまう。
「え、え?宮村さん?」
「大丈夫ですよ・・・私が居ます、神城君・・いえ綾さんはこれからは一人じゃありません。」
私は女の子になった彼を身近で支えたいという思いが湧き上がってくるのを感じていた。
例え身体が”女の子”になっても心は”彼”なのだから、女の子同士であっても私は構わない、いえむしろ女の子同士だからこそ。
「あ、あの・・そんなに抱きつかれると・・・・」
身をよじって恥ずかしがる綾さん。だが彼女の身体の柔らかさと甘い匂いを感じ、私は何故か落ち着いた気持ちになって行く。
「くす、何を恥ずかしがっているんですか、私達”女の子同士”なんですよ。」
そう、こうやって抱き合っていても問題は何もない。一緒にお風呂に入り、一緒に眠ってもね。
誰に気兼ねすることなく綾さんと居られるのだ。相手が男の子・・神城君のままだったらこうは出来なかっただろう。

・・・・もう男の子なんかに渡しませんからね綾さん、私が一生守ります。

こうして私達は朝まで同じ布団で寝たのだった。

次の日、私と綾さん、宮司である伯父様、そして従姉の慧さんは、朝食の後集まった。
「ふむ・・・それでは君は構わないのかね?」
秘密を知った私の処遇を決める為に・・・・
「はい、私は綾さんの傍にいて彼女を助けたいのです。」
「ふむ、確かに事情を知っている者が身近にいてくれば助かるが・・・」
伯父様は私の言葉に腕を組んで答える。隣では慧さんが複雑そうな表情で座っている。
そして綾さんは私の隣にいて、成り行きを見守っている。・・・何故か目が合うと顔を赤くしているけど。
「綾君はどうなんだね?」
視線を私から綾さんに移し伯父様が聞いてくる。
「・・・正直言うと宮村さんにそんな事をさせるのは気が進まないのですが。」
目を伏せながら綾さんは言う。彼女は自分の為に私の生活を犠牲にするような事はしたくないようだ。
昨夜一緒に寝ながら、私はこれからの事を綾さんに話したのだが、彼女は反対していた。
自分は私を信じているから、そんな真似をしなくても良いのだ、と。
でも私の決意は変わらなかった。
「今居る高校を辞めて西園寺に移るなんて、本当に良いの宮村さん?」
伏せていた目を上げ、私を見ながら綾さんが聞いてくる。優しい彼女だから、私にそんな事をさせたくないのだろう。
「ええ、構わないわ綾さん、それに貴方を身近で見守りたいの私は。」
その言葉に真っ赤になる綾さん、初めて会った時の神々しい姿も良いけど、今の恥らう彼女も私にとっては好ましいものだった。
「慧はどう思う?」
伯父様が聞くと、それまで黙っていた慧さんはため息を付いて答える。
「それは私としても、事情を知っていて、協力してくれる人が傍に居ればとは思ったけど・・・・」
慧さんは私の顔をじっと見て尋ねてくる・・・眼差しは真剣そのものだ。
「宮村さん・・・貴方・・・本気なのかしら・・・」
「・・・そう言う慧さんは違うんですか?」
私達の会話に綾さんと伯父様が不思議そうな顔をする、でもそれも仕方ないかもしれない。
私と綾さん、同じ人に好意を持った者同士にしか分からない会話なのだから。言わばこれは宣戦布告。
暫し見詰め合った私達は、ふと笑い合うと、どちらからともなく手を伸ばし握手する。
「分かったわ宮村さん、でも譲る気はないから。」
「はいそれは私もです。」
お互い、内心火花を散らしながら強く握手し続ける私と慧さん。
「・・・二人とも一体?それに譲る気って何の事なの?」
私達を見て混乱した表情で聞いてくる綾さん、伯父様も同じような表情で見ている。
「それは・・・・」
「・・・・秘密よ。」
私と慧さんはそう言うと顔を見合わせ笑い合った。
取りあえず今後の方針として以下のように進める事になった。
転入の時期は6月から、私の両親への説得と全ての手続きは、伯父様が責任を持って行う。
名目は私が巫女になる為の修行。住む場所は、『宮内神社』の綾さんの住まわれている家。
「細かい点は後日詰めよう。最後にもう一度尋ねるが、本当にこれで後悔しないかね?」
「はい。」
こうして私の新たな生活が決まったのだった。そして・・・・・

舞台に流れる雅な音楽に合わせ、二人の巫女が見事な神楽を舞っている。
見守るたくさんの人達はその美しさに目を奪われ、声も出ない。もちろん私もだが・・・・
私の今後が決まった翌日、『宮内神社』の重要な祭事『封印祈願祭』が盛大に執り行われた。
それにしても凄い人の数だ、マスコミも大勢来ており、近隣で最大の祭事というのも頷ける。
何しろ知事さんや市長さんはもとより地元出身の国会議員も来ていらっしゃっているのだから。
お陰で、宮司である伯父様は朝から大変のご様子。私も臨時の巫女としてお手伝いをしている。
そんな皆さんがもっとも注目しているもの、それが綾さんと慧さんの神楽舞。
今年は特に『封印の巫女』が二人となった事で、更に注目を集めたそうだ。
そのせいで生まれて初めて神楽を舞うことになった綾さんは、物凄い緊張を強いられたみたいだった。
今舞っているお二方を見ても、慣れている慧さんに比べ、綾さんはぎごちなさが抜けず、表情も少々硬いみたい。
それでも神秘的な容姿に、巫女服の上に清楚な千早(ちはや)を着て頭に冠を付け舞う彼女は、とても美しかった。
こうして多くの人達が魂まで引き込まれるように感じた、荘厳な神楽舞は続き、そして静かに終わった。
舞が終わると、本殿で宮司様である伯父様を中心に、封印の要である『御神刀』に対し地域平穏を祈願する儀式が執り行われた。
そして儀式で、二人の巫女が祈願の終わった『御神刀』を人々の前で掲げ祝詞を唱え始めると、祈願祭は最大の山場を迎える。
本殿内に二人の巫女の祝詞が響き、厳粛な雰囲気を醸し出す。やがて唱え終えた二人は深々と頭を垂れ、儀式は終わった。
その後は、地元の伝統芸能の公演や様々な夜店の出店など普通のお祭りになり、神社は夜まで人が絶えることがなかった。

・・・・その翌日。
帰る私を、片付けの為神社を離れられない綾さんは、せめて鳥居の所まではと言って付いて来てくれた。
「それじゃ綾さん、暫しのお別れですけど、お元気で。」
私は微笑みながら綾さんに頭を下げる。
「うん宮村さんもね、気を付けて帰ってね。」
綾さんも微笑を返しながら挨拶をしてくれる。ちなみに今の彼女の姿は朱と白の巫女服姿、よく神社で見るデザインだ。
昨日着ていた巫女服とは違っていたが、あちらは『封印の巫女』専用で、普段はこちらの方を身に着けているとの事。
どちらも綾さんにはお似合いだと私は思う。まあ私も昨日同じ物を身に着けていたのだけれど。
「はいありがとうございます・・・ところで綾さん、私の事は美智子と呼んで下さいと頼んだはずですけど。」
実は、私が綾さんと呼んでいるのに彼女が苗字で私を呼ぶのは不公平だから、名前で呼んで欲しいと頼んでいたのだ。
それに従姉の慧さんとはお互い名前で呼び合うのが羨ましかったのもあった。
最初は躊躇していた綾さんも、結局は折れて承諾してくれた。でもまだ慣れないのか時々さっきみたいに苗字になってしまうが。
「え・・・あ、ごめん美智子さん。」
「まだ慣れないからしょうがないですけど、私がこちらに来たらお願いしますね。」
私のその言葉に綾さんが表情を曇らせる。
「・・・その事だけど、本当に・・・」
私は手を綾さんの口に軽く当てて、彼女の言葉を止める。
「私は自分の意思で貴方の力になる事を決心しました・・・迷惑でしたか?」
綾さんは暫し私を見つめ、再び微笑むと優しく言ってくれた。
「迷惑だなんて・・・むしろ嬉しいくらい。自分の事を知ってくれる人が少しでも居てくれるというのはね。」
「はい。」
私達は微笑み合い、どちらともなく手を出し握手する。
「それでは待っていて下さいね綾さん。」
「うん待っているから美智子さん。」
再度握手し、私は石段を下りて行く。名残惜しげに振り向くと鳥居の下に佇んで見送ってくれる綾さんの姿が見える。
軽く手を振り彼女は微笑んでいる。私も微笑んで肯くと石段を下りきり駅へ向かう。
今は少し寂しいけれど、半月も立てばまた会える。私はその時を楽しみに思い、『宮内神社』を離れたのだった。
第三部・完

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