学院のプールは体育館の傍に建てられた建物の中にある。空調によって一年中使用可能な立派なものだった。
水質も機器によって常に管理され、シャワーも更衣も個室が用意されているという、とても学校のプールとは思えないものだ。
ちなみに体育館の方も、教室同様冷暖房完備で各種フイットネス設備が備えられており、流石はセレブの学校と思わせるものがある。
とはいえ”女の子”として着替えなければならない綾としては、そんな豪華設備も何の慰めにもならなかったが。
もちろんそれまでも体育の授業で何度も着替えさせられていたが、慣れるものでは無い。ましてや今度は女性用の水着を着用するのだ。
体操服も恥ずかしかったが、あれはまだ下着の上に着用するからまだマシな気がする、服には多少の余裕があるので体型は出にくいし。
だが今度は下着を脱いでから身に着けなければならないうえに、水着は身体にぴったりと張り付くので体型がもろに出てしまうのだ。
それが女の子になって間もない綾には耐えられないほど恥ずかしいのだ。しかもそれを今は同性とはいえ、他の女子に見られるのだ。
実はこの日の為（？）に綾は慧と美智子によって水着着用時のレクチャーを受けさせられていた、場所は例の巫女専用風呂場である。
まず脱衣所で水着への着替えを実際に行なわされ、風呂場の中で着用時の注意を同じく水着になった二人から念入りに指導された。
綾にとっては着替えもさる事ながら、彼女にとって近しい間柄の女性二人の水着姿を間近に見せられる方が倍も恥ずかしかった。
何しろ、慧の水着姿は、昔一緒に何度か海やプールへ行ったとはいえ、まだ小学生の『薫』の頃だったので覚えていない。
美智子の方は中学生の『薫』の頃だったので、プールの授業は男女別々に行われていたので彼女の水着姿を見る機会は無かった。
その二人がスクール用とはいえ水着姿で居るうえに、レクチャーの為だと言って身体を密着させてくるのだ。
しかも自分も同じ姿という事も恥ずかしさを倍増させていた。否応なしに女の子の身体である事を視覚や感触で思い知らされるのだ。
傍から見たら天国（？）かもしれないが、本人にとっては地獄のようなレクチャーだった。そして当日を迎えるのだが････

３人は他のクラスメイト達と共に専用の更衣室へ向かう。綾の足取りが一番重かったのは言うまでもない。
やがて学校の施設にしては豪華な更衣室に到着すると、生徒達はそれぞれ個室へ入ってゆく。
「それじゃ着替え終わったら待ってくださいね。」
麻耶の言葉に美智子と綾は肯き、水着を入れたバックと共に個室の扉を開けて入る。
「ふう･･･」
更衣室を見渡す綾は、その贅沢さにため息を付く。
何しろ制服を掛けるロッカーや着替後のチェック用姿見が完備されているのだ。
兎に角呆けていてもしかたがないと思い直し、綾はバックを置くと制服を脱いでロッカーに掛け、水着を取り出す。
「う･･･これを着なくちゃならないのか･･･」
デザインは一般的な紺のスクール水着に見えるが、素材は最新の物で肌触りが良く、身体にフイットする物だった。
この一着が男物の水着の数倍の値がする事を綾は思い出した、それと共に購入時の出来事も。

本来、生徒は学園入学前に制服と共に体操服やスクール水着を準備するのだが、綾の場合は時間が無かった。
そこで制服を優先し、次に使用頻度の高い体操服は慧の予備を貰う事にして何とか間に合わせたのだ。
スクール水着の方は、プールを使った授業が一年生の場合一学期の後半になるので、後日で十分間に合うとされたのだ。
そしていよいよ授業が行われる事となり、綾は転入してきた美智子と共に水着を購入する事になったのだが。
当然のごとく綾は渋ったのだが、授業で使うとなれば購入しないわけにはいかず慧に連れられて店に向かった。
それでも綾は最初は気楽に考えていた。スポーツ用品店で合うサイズを探して購入するだけでいいと思っていたからだ。
しかしそうではなかったのだ。まず連れて行かれた店で、普通の学生向きのフロアでなく、学院専用のフロアに通された。
そこは学院で使われる体操服やシューズ等の運動用品専門のフロアで、入る際に生徒手帳の掲示を求められた。
他と隔離され身分チェックまで行われるのは、学院のそういった備品類を裏で高価取引する連中がいるかららしい。
一部の高校生のようにそういった物を売って金を稼ぐなどは、この学院の生徒はやらない（金持ちばかりなので）。
だから部外者が専用フロアに入り込んで購入しようとする輩が出てきたらしく、今のように出入りが厳重になった、とは後で慧が言っていた話だ。
まあそのお陰で買い物はスムーズに進んだ･･･ただし綾にとっては嬉しくもない展開になったが。
というのも、ただサイズを言って探すというわけではなかったのだ、何と完全オーダーメイドのスクール水着を作る事になったのだ。
何でも人間工学やスポーツ生理学に基づき、各個人に合わせたスクール水着を使うのが学院の方針らしいのだ。
何故水着一着にそこまでこだわるのか綾には理解出来ない話だったが、これは他の学校とは違ったカリキュラムにある。
もっとも綾はそれどころでは無かった、というのも『完全オーダーメイド』の為、詳細な身体データ、要はサイズが必要とされたのだ。
専用の部屋に連れて行かれ、服どころか下着も脱がされ、それはもう細部まで念入りに測定され、綾は恥ずかしさのあまり倒れそうだった。
もちろん測定してくれたのは女性の店員で、教育が行き届いており、接する態度も手際もとても素晴らしかったが。
店員の方からすれば必要以上に恥じらって見える綾の方が珍しかったらしい。というのも学院の生徒は平然としている事が多いからだ。
まあお嬢様達はこういう機会は結構多いからで、一般庶民（？）の綾や美智子ではそうはいかないだろう。
こうして詳細なデータを取り、完成予定日を確認し、その日終わった･･･わけではなかった。その後慧がこんな事を言い出したのだ。
「ついでだから、学院以外で着る水着も見て行きましょうよ。」
これには美智子は賛成したが、綾はもちろん反対した。彼女としては学院用だけで十分だと思ったからだ。だが二人には通じなかった。
「年頃の女の子は学校以外でスクール水着を着たりはしないわよ。」
「どうせなら学校以外では違った水着を着ましょうよ綾さん。」
そう言って二人は綾を引きずって（笑）一般の水着売り場に連れていったのだった。そしてそこは前の場所より過酷だった。
様々な水着を次々と試着させられ、二人が試着した水着を評価させられ、購入に数時間も掛かってしまったのだった。
ちなみに綾の買った水着は青い布地に白の縁取りのセパレート。本当は地味なワンピースが良かったのだが。
「何もスクール水着みたいのを選ばなくてもいいでしょうに。」（苦笑）
慧にそう言われ彼女の選んだ水着（ビキニだった）を押し付けられそうになったのだが、そうなれば美智子が黙っている筈も無く。
「綾さんにはこちらの方がお似合いです。」
そう言って水着（こちらは背中が大きく開いた大胆なワンピースもの）を差し出してきたのだった。
両方とも綾が真っ赤になって固まったのは言うまでもない。その後二人を何とか説得してあの水着に落ち着いたのだ。
その代わり、その水着で慧と美智子と泳ぎに行くことを約束させられたが。なお後日これを聞いた麻耶が･･･
「私も一緒に綾さんと泳ぎに行きたいですわ。水着選びに行けなかったのですから誘ってくださいますよね。」
異様に迫力のある笑顔で言われ綾は反射的に肯いてしまっていた。こうして４人で夏休みに泳ぎに行くことが決まった。

「ははは･･･あの水着に比べればこっちの方がまだましかな？」
バックから取り出したスクール水着を目の前に広げて見ながら綾はぼやく。とはいえどちらも女子用の水着で恥ずかしいのだが。
「取り合えず着替えよう･･･何時までこうしてもしょうがないし。」
そう言うと綾は下着を脱ぎ、スクール水着を着込む。肌触りのいい布地が彼女の身体の凹凸に沿ってぴったりと張り付いてくる。
そして着終わると姿見で、レクチャーで注意された点を確認しようとしたのだが････
「う･･･これって何だか非常に恥ずかしいなあ･･･」
姿見に映るのは、身体にフィットした紺色の水着を着た自分の姿。何だか裸の時より恥ずかしく感じるのだ。
トントン･･･
そんな時更衣室の扉をノックする音がして、声が掛けられる。
「綾さんまだ終わりませんか？急がないと授業が始まりますわよ。」
麻耶の声だった。どうやらもう着替え終わって声を掛けてきてくれたようだった。綾は慌ててチェックを済ませタオルを引っ張り出す。
「今出ます麻耶さん。」
タオルを胸元に抱え綾は更衣室の扉を開けて外に出て行く。美智子も既に着替え終えて麻耶と共に待っていてくれたようだった。
「遅くなってごめんなさい麻耶さん、美智子さん。」
更衣室の扉を閉めながら綾は二人に謝る。時計を見るとあと５、６分くらいしか時間が残っていない。
「いえ構いませんわ･･･それにしても綾さんのスタイルは嫉妬するほど素晴らしいですわ。」
心なしか赤みのさした顔で綾の水着姿を見る麻耶。隣で美智子も同じように顔を赤らめて見ている。
決してグラマーというわけでないが、その優雅な曲線で形作られた身体は女性でも目を引き付けられてしまう魅力があった。
「その･･･恥ずかしいからそんなにじっと見ないでほしいんだけど。」
恥ずかしさのあまりタオルで身体を隠してしまう綾。麻耶が褒めてくれているのは分かるが、それはそれで複雑な気分になる。
それに麻耶だって素晴らしいスタイルの持ち主で、綾としてはそれを間近に見せられるのは刺激が強い。
これは隣の美智子にも言える事だった。本人は自分のスタイルに自信が無いようだったが、けっして貧弱には見えない。
女の子になって数ヶ月、慧をはじめ魅力的な女の子達に囲まれた自分は果たして不幸なのか幸運なのか、綾は悩むのだった（笑）。
「時間が無いから行きましょう二人とも。」
女の子３人が顔を赤らめて見つめ合っている光景に耐えられなくなった綾が二人を促す、何かこのままだと妙な気分になりそうだから。
「そ、そうですわね。」
「は、はい急ぎましょう。」
麻耶と美智子も同じような気分に気付いたのか、綾に同意し、プールに通じる扉に向かう。既に３人以外は全員行っているようだった。
３人がプールサイドに着き列に並ぶと、担当の講師がやってきた。もちろん女性だ、年は２０台前半。黒の水着を着ている。
「皆さんはじめまして、私が一年生担当講師の早見です。よろしくお願いしますね。」
「「「「はい。」」」
生徒達の返事を満足そうに聞くと、ファイルを取り出し出欠を取る。それが終わると本日のメニューの説明を始める。
初めて聞くその内容は今までの『水泳の授業』とは違っており、綾や美智子は驚いて顔を見合わせる。
というのも授業の主だった目的が、泳ぐ事ではなく、水中エアロビクスによる有酸素運動だったからだ。
要はお嬢様の健康とスタイルを維持し、困らない程度の体力を付けさせるのが主な目的の授業だったのだから。
やはりお嬢様学校は違うものだと思わせる内容だった。まあ正直に言えば、泳ぎはあまり得意でない綾にとっては朗報だったが。
とはいえ水着姿の女子の集団に、自分も同じ姿で混じっている事に、綾は何とも言えない気分を抱いたし、目の置き場にも困った。
また他人の視線も気にかかる、少し自意識過剰かと綾は思ったが、あながちそうとも言えないところがあった。
クラスメイト達の方も、同級生である綾の顔立ちに負けない清楚な水着姿に、見とれていた者も多かったからだ。
まあ一番見惚れていたのが美智子だったが（笑）。････こうして綾の女子高初のプールの授業は終わったのだった。
プールから上がり個室のシャワーで身体を流し、更衣室へ戻る綾だったが、何時もながら長い髪の毛には苦労させられていた。
ちなみに授業中は髪を一まとめにしてスイミングキャップに押し込んでいる。
実は最初それをしないで入ろうとして美智子に止められてしまった、彼女も髪が長いので気付いてくれたのだ。
そして更衣室で着替え次の授業･･･と普通の学校ならそうなるだろうが、この学院はまたも違ったのだ。
何とプールの後に授業が無いのだ、と言って昼食時間にはまだ間がある。それでは何をするのかといえば････
驚くべき事にその時間は、お嬢様方が身繕いを行う時間に割り当てられているのだ。
ちなみに数十年前までは、お嬢様方は自分の侍女を連れてきて、身繕いをさせていたらしい。流石に今は学院もさせないらしいが。
俗世とはかけ離れたこの世界に綾は圧倒されっぱなしだ、まして未だに男性の心情が抜けない身には付いていけないものがある。
それに対し、転入して一ヶ月に満たない美智子はもう既にこの世界に溶け込んでいる、つくづく女性はたくましいと綾は思った。
もっともそう言いながら綾だって、午後のお茶会（ここにはそんな時間もあるのだ）に参加して女性同士の会話を楽しんでいたりする。
上級生を抵抗感もなく、様づけで呼び、「ごきげんよう。」の言葉と他のお嬢様と遜色のない優雅な挨拶の仕方を身に着けている。
つまり自覚していないが、周りに影響された綾も既にこのお嬢様学校に難なく溶け込んでいるのだ、まあ本人は絶対認めないだろうが。
お嬢様方の身繕いが終わる頃、学院は昼食の時間を迎える。生徒達は連れ立って学院の食堂へ向かう。
間違っても弁当の生徒などここには居ない。まあ確かにお弁当箱を開けて食事をするお嬢様なんて想像出来ないが。
しかしその食堂もまた豪華だった。第一、学生用の食堂なのに内装は高級レストラン並み、調理人も一流を揃えているらしい。
流石に綾も最初は落ち着いて食事など出来なかった。今は大分ましになったが、出来れば緊張なしで食事をしたいものだと思っている。
ちなみに昼食に掛ける時間は普通の学校以上だ、お嬢様はゆっくりとお食事をなさる。けっして早食いなどなさらないのだ。
そして午後の授業が始まるが、それも３時まで。お嬢様達は再び食堂、いやその時間にはお茶室と言われる、に移動する。
『午後３時のお茶会』と学院内で呼ばれる時間だ。気の合う者達が集まり、お茶を飲みながら談話に花を咲かせる。
通常学年毎に集まるのが通例だが、時には上級生のお姉様方が気に入った下級生の子達を自分達のお茶会に招く事がある。
下級生達にとってはそれは、憧れのお姉様方に認められた事になるし、場合によってはお姉様方の誰かと個人的に親密になれる。
一方上級生達も下級生の子を多く集められればそれはステータスになるし、お気に入りの子を独占して可愛がる事が出来る。
ちなみに下級生の中で今もっとも『呼んで頂きたいお姉様』と言われているのが姫様と若様の二人。
ただし姫様はあまり下級生をお誘いになる事は無い、若様は一度に何十人も誘い、全員が可愛がる対象にしてしまっていた。
だがこの二人、最近それまでと違った行動を取るようになった。それは何故か？
言うまでもなく妹姫の綾の存在があったからだ。
「ごきげんよう綾ちゃん、こちらにいらっしゃい。麻耶さんと･･･美智子さんもね。」
麻耶と美智子の３人でお茶会に来た綾は、待ち構えていた姫様こと慧にそう声を掛けられ彼女のテーブルに連れて行かれる。
本来は綾だけを誘いたい慧だが、下級生を呼ぶ時はその友人達も一緒にというのが暗黙のルールなので後の二人も誘ったのだ。
連れ立って歩く慧達に他の上級生達が羨望の眼差しを向けてくる。何しろ綾は『お誘いしたい下級生』のナンバーワンなのだから。
一方、姫様があれほど入れ込む姿に驚きの目もある、何しろ今まで下級生にまったく興味を見せない方だったのだから。
「ごきげんよう妹姫様、麻耶ちゃん、美智子ちゃん。」
テーブルに着くとちゃっかり先に座っていた若様こと静香が声を掛けてきた。それを見た姫様の眉がぴくんと上がる。
「若様･･･貴方がどうしてこちらにいらっしゃるのですか？」
丁寧な口調だが言い方は姫様にしてはかなりきつかったので、綾達はビクッと首を竦めてしまう。
「まあそんな怖い顔をされなくてもよろしいじゃありませんか･･･皆が驚いていますわ。」
自分の後ろで固まってしまった綾達に気付き姫様はバツの悪い顔をするが、すぐににこやかな笑みを浮かべる。
「ごめんなさいね皆さん、さあお座りになってくださいな。」
何時もの慈愛に満ちた姫様・慧に綾はほっとすると、麻耶と美智子と共に席に着く。

緊張感溢れるお茶会が始まったのだった。