前の座席にはにこにこ顔の若様、姫様は３人分の紅茶を入れると前に置いてくれる。
「ありがとうございますわ姫様。」
一礼し優雅にカップを口に運ぶ麻耶、流石にお嬢様だけあってその姿はとても似合う。こういう経験は豊富なのだろう。
一方、綾とは美智子は緊張を隠せず、かなり危なっかしい手つきでお茶を飲む。まあこんな経験少ないのだから仕方が無いのだが。
そんな二人というか妹姫様を目を細めて見る若様、至極機嫌が良いようだった。
姫様はそんな若様が気になりながらも、やはり従妹の仕草に心引かれるようで、ちらちらと見ている。
「あ･･美味しいですね。」
綾は一口飲んでそんな感想を述べる。彼女が今まで飲んだ中でこれほど美味しい紅茶は初めてだった。
「それは光栄ですわ綾さん。」
嬉しそうに顔をほころばせる姫様に、若様をはじめ周りで見ていた生徒達は目を見張った、彼女が下級生にこんな顔を見せたのだから。
大概の上級生達は、自分お気に入りの下級生を作り、お茶会や自分の屋敷に招待したり、服などを買い与える者が多い。
対し姫様は下級生達には距離を持ち、そういう事をまったくしなかった。どうやら彼女はそんな学院の風習がお気に召さなかったのだ。
だが妹姫こと綾が入学したとたん姫様は変わった、今では姫様のお気に入りは妹姫と学院内では有名になっている。
「姫様の入れる紅茶は美味しいからね･･･でも今度は私の入れたのを飲んで頂きたいですわ。」
一方、姫様と上級生の人気を二分する若様もまた、妹姫にご執心なお方として知られる。こちらは別の意味で皆から驚かれている。
何しろ若様と言えば、お気に入りの下級生を多く持ち、皆に平等、贔屓をしないのが信条だったのだから。
こうして綾は学院の超有名人の寵愛を一身に受ける下級生となったのだ。とはいえその当人は困惑していた。
何しろ女子高の中でも、特にこの学院の同性間の親密さは際立っており、元”男”の綾に到底理解出来るものでは無かった。
美味しい紅茶にお茶菓子。優雅なＢＧＭが流れるお茶室だが、綾にとっては居心地の悪いといったらなかった。
何となくお互いを牽制しあう上級生二人。それに加え両隣の同級生二人の間にも不穏な空気が流れているのを綾は感じていた。
麻耶は綾の手に何気なく触れてきたり、微笑んで見せたりしている。美智子はそれに対抗するように身を寄せて密着してくる。
綾を挟んで正に視線が火花を散らしており、綾は冷や汗が出てくる。そのうち上級生二人がそれに気付き、きつい視線を浴びせてくる。
「そんなに密着しては綾さんがお茶を飲めませんよ美智子さん。」
「へえ･･遠藤のお嬢様も妹姫様にご関心があるのですね。」
「同級生同士の戯れですわ姫様。」
「はい。綾さんは素晴らしい女性ですから、もっと親しくなりたいですわ。」
出来ればここから一秒でも早く逃げ出したい･･･この状況に晒された、綾の偽わらざる気持ちだった。

その頃、お茶会の行われている場から離れた場所に数人の女子生徒達がいた。彼女達はお茶会には参加せず何事か話し合っていた。
「･･･それじゃ二人はホテルの広間で神楽舞を踊るわけね、となると控え室は･･･」
「隣の部屋になるようですね･･･ところで時間は間違いなくて？」
「はい、準備担当の者から聞いたので･･･」
机に置かれた紙を取り囲み彼女達は話を進めていく。その紙には建物内の見取り図が描かれていた。端には建物の名前がある。
『ロイヤルホテル・宴会場』
駅近くに最近オープンしたホテルで、今度行われる学院懇談会の会場となる所だった。
「ふふ･･･さあて姫様、貴方から大事にしているものを奪い、さらに身の程をわきまえる事を覚えて頂きますわ。」
慧に異様なまでに対抗心を燃やす高橋里香。彼女は自分の取り巻き達と共謀して、ある企みを進めていた。
都合のいい事にホテルは、彼女の父親が経営する会社の資本が入っており、事を進めるにはもってこいの場所だったのだ。
慧と綾の身に危険が迫っていた･･･だが当の二人はまだそれを知る由もなかった。

気力を削るようなお茶会を終え、綾達3人は自分達の教室へ戻って来ていた。
「何だか毎回寿命が縮む思いだよ。」
机に突っ伏して綾はぼやく。ちなみに同席した二人は何故か元気だった。
「慧さん達には負けませんわ。」
「とても有意義なお茶会でしたわ。」
つくづく”女の子は強い”と綾は思う。そしてこういう考えに陥るのだ･･･『私もいずれああなるのだろうか？』･･･と。

午後の授業を終え、ようやく放課後になる。その瞬間は例えお嬢様でも嬉しいものだ。皆嬉々と帰り支度を始める。
綾も同様に帰り支度を整え下校しようとしたが、今日に限って何時もとは違った状況になった。
普段綾は誰かしら、まあ大抵は麻耶と美智子か、時間が合えば慧と下校する事が多い。というかこれは本人の意思に関係なく決まってしまうのだが。
なおこれに若様が入っていないが、彼女の場合、車による送り迎えなので一緒には帰れない、だから非常に悔しがっている。
曰く、「何故私だけが車なんでしょう。」と。まあこればかりはどうしようもない、彼女の家の決まりごとなのだから。
時々「送ってゆきますから･･･」と言って綾を車に連れ込もうとするのだが、毎回慧達に阻止されている。
だが今日は一緒に帰る筈のメンバー全員に予定が入り、珍しい事に綾一人で下校するのだった。
ちなみにそれぞれの予定はというと、慧は若様との約束があり、美智子は麻耶の知り合いに懇談会で使うドレスを借りに行く為だった。
よって慧は若様の車に乗って行く為、美智子と麻耶は何時もとは違う下校コースの為、全員校門前で別れる事になった。
「それではごきげんよう綾さん。」
「綾さんまた後でね。」
同級生コンビはそう言うと予約していたハイヤー（流石はお嬢様だ）に乗り込み、麻耶が懇意にしている店に向かった。
「ごきげんよう妹姫様。また明日お会いしましょう。」
「寄り道せず真っ直ぐ帰るのよ綾ちゃん。」
小学生じゃあるまいしと思ったが、綾は素直に肯いておいた。第一、神社での勤めがあるので元々寄り道などしている暇は無い。　
若様の家の高級車に上級生コンビは乗り込むと、車は静かに発進する。今日は若様の屋敷で３年生だけの集まりがあるらしい。
こうして全員を見送り終わると綾は自分も下校する為にバス乗り場に向かう。久々の一人きりに彼女も戸惑い気味だ。
考えてみれば入学式以来、必ず誰かと下校していており、一人で帰るなんて初めてになる。
ふと見るとバス乗り場にはちょうどバスが入ってきたところで、綾は待っている生徒の最後尾に並ぶ。
「あ･･･妹姫様よ。」
「本当･･･お帰りになるところみたいですわ。」
そんな綾に並んでいた生徒達が気付き、ざわめきが広がる。学院の有名人の一人である妹姫様の出現であれば仕方のない事だ。
もっとも本人はあまり実感が湧かなかった。何故それ程注目が集まるのか不思議に思える。だがそれにはもちろん理由がある。
幼いながらも神々しい気持ちを抱かせるような容姿の持ち主でありながら、親近感を感じさせる穏やかな言動。
妹姫様という称号（？）が本当に似合う女性だというのが大方の生徒の意見なのだ。
「ご一緒出来るなんて光栄ですわ妹姫様。」
同級生や上級生に囲まれ、綾は何時もとは違い、賑やかな中を駅まで帰る事になった。
「「「ごきげんよう妹姫様」」」
駅に到着しバスを降りたところで、一緒にバスに乗ってきた生徒達に一斉に挨拶される綾。
「え･･･と、ごきげんよう皆様。」
この挨拶に慣れてきたとは言え、多数の生徒から、しかもこんな人通りの多い場所で言われるのは流石に恥ずかしい綾。
何とか笑みを浮かべ挨拶を返すと、足早にその場を離れる。まるで逃げるかのような行動に、大分離れてからちょっと失礼だったかなと思う綾だったが。
当の生徒達には「やっぱり奥ゆかしい方ですね。」と逆に思われ、妹姫様の人気は上がったのだから不思議なものである。
取り合えず落ち着きを取り戻す為に深呼吸をして、綾は神社に向かって歩き始めた。流石にもう何も起こらないと思いながら･･･
だが３メートも歩かないうちに綾は見ず知らずのご婦人に声を掛けられる。
「巫女様でいらっしゃいますね。ああ、お会い出来て光栄です。」
巫女様･･･『封印の巫女』である慧と綾は、時々こんな風に街中で呼ばれる事がある。言っておくがこちらがそう呼ばせている訳では無い。
この街に古くから住む住人にとって、あえて何度も言うが、『封印の巫女』は畏敬と尊敬の対象なのだ。
実はこういう光景は慧と綾が街を歩くとしょっちゅうあるのだ。以前には車をわざわざ止めて降りて来た市長に挨拶された事がある。
「これからもがんばって下さい。」
最後には手を握られてそう言われる綾。ご婦人は何度も会釈して去って行く。取り合えず一息付くが、これで終わりという訳では無い。
その後もこういう事が神社前まで続くのだった。

神社に帰り着き、巫女服に着替えると綾は、他の巫女達と共に境内の掃除や片づけをしながら慧の帰りを待つ。
やがて帰ってきた慧と共に簡単な修行をすませる。その間に帰ってきた美智子は夕食の準備を行う。
慧と綾が修行を終え普段着に着替えると、宮司の真一を含めた４人で夕食が始まる。今日の話題はやはり学院懇談会の事。
「ふ･･ん、どんなドレスか楽しみだね美智子さん。」
「ええ、期待してね綾さん。」
「そうそう、当日なんだけど綾ちゃん･･･」
「今年の懇談会は前評判が良いらしいね。行けないのが残念だよ。」
懇談会の事で盛り上がった夕食を終えると、順番で一人ずつ風呂に入り（この辺は綾の強い希望）、３人は床に付く。
こうして一日は終わった。
･･･そして学院懇談会の日がいよいよやってくるのだった。