巫女遊撃隊

第四部NO.5


学院懇談会当日・『ロイヤルホテル』
駅前という一等地に建つこのホテルのエントランスに、次々と高級車が入ってくる。その光景は学院の朝とよく似ている。
違うのは、降り立ってくる少女達が制服であるセーラー服ではなく、豪華な作りのドレス姿だったという事だろうか。
普段は簡素なセーラー服姿の彼女達も、この時ばかりはお嬢様である事をこれでもか、というほど周りに示している。
それでなくても他とは違うところを見せたい彼女達は、金に糸目など付けない。もちろん親もそれを反対はしない。
わが子を飾り立てたいというのは、金持ちでも変わりはしない、ただその程度が一般庶民から見れば度を越しているように見えるのだが。
降り立ったお嬢様は、待ち構えていたホテルの従業員に案内され、ホテル内に消えてゆく。ちなみに従業員は全員女性だ。
親にしてみれば、例え学院の外でも余計な虫を近づけたくないのだ。ホテルもそれを承知しており、優秀な女性従業員を出している。
そんななか、一台のハイヤーがエントランスに入ってくる。少々場違いな感じもするが、けっして一般客が迷い込んで来た訳では無い。
その証拠に、降り立っていたお嬢様達が期待に満ちた視線を、ハイヤーから降りてきた人間に注いでいるのだから。
降り立った二人は慧と綾、『封印の巫女』達だった。何時もの巫女服の上に千早を付け、『御神刀』を持っている。
「姫様と妹姫様よ。」
「はあ・・・何時見ても姫様は凛々しいですわ。」
「相変わらず妹姫様は可憐でいらっしゃいますわね。」
二人の巫女服姿を見て、お嬢様達がうっとりとした表情を浮かべる。普段とは違う二人の姿に、エントランスは興奮に包まれる。
「ごきげんよう皆さん。」
慧は自分達を見つめていたお嬢様達に気付くと、笑みを浮かべつつ挨拶してくる。
「「「ごきげんよう姫様!」」」
お嬢様達は正に天にも昇る気持ちだった。我先にと挨拶を返してくる。
「ご、ごきげんよう皆様。」
やや引きつった表情と声で、今度は綾が挨拶をする。
「「「はい妹姫様、ごきげんよう。」」」
慧に劣らない、いやそれ以上にヒートアップしたお嬢様達が挨拶を返し、綾を取り囲んでしまう。
可愛いものを愛でたいと思うのはお嬢様でも変わらないと言う事か。もっとも本人はたまったものではないかもしれないが。
そんな光景に苦笑いしながら、慧はお嬢様達に話しかける。
「皆さんそれくらいで・・・私達は準備がありますので。」
姫様の言葉にお嬢様達は申し訳無いという表情を浮かべ、包囲を解く。
「失礼いたしましたわ妹姫様。」
「お許し下さいね・・・」
「いえ・・お気になさらないで下さい皆様。」
恥じる様に俯いてしまったお嬢様に、綾は極上の笑み(彼女達から見れば)を浮かべて答える。
そんな綾にお嬢様達は更に感激させられ、ますます彼女の人気が高まるのだった。
「それじゃ綾ちゃん、行きましょうか。 それでは皆さん、失礼しますね。」
慧と綾は皆に一礼すると、ホテルに入って行く。そんな二人をお嬢様達はその場に佇み、見送るのだった。
「・・・それにしても凄い所ですね。」
行儀が悪いと思いつつ、綾は周りを見回しながら感嘆の声を上げる。彼女は今までにこんな高級ホテルに入った事が無かったのだ。
まあ最近まで”一般庶民”であったのだから仕方が無いと言えばそうなのだが。対して慧は慣れた様子でホテル内を進む。
「高級ホテルチェーンだからね。外国にも進出しているらしいいし。」
そんな事を話しながらロビーに入った二人を、ホテルの従業員がうやうやしく出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、ようこそロイヤルホテルへ。」
ホテルの女性用制服に身を包んだ従業員はそう言うと、二人をエレベーターへ案内する。
軽く肯き進む慧、一方、綾はまるで別世界のような出来事に、油の切れたロボット(?)みたいにぎくしゃくした感じで後を追う。
女性従業員は操作ボタンを押し、エレベーターを呼ぶ。その間、綾は周りから浴びせられる視線に、落ち着かない気持ちにされる。
当然の事にロビーには一般のお客さんも多くいる、その人達のほとんどが巫女服姿の二人を見ているのだから。
その視線は、エレベーターに乗りこみドアが閉じられるまで消える事は無かった。
エレベーターは数階分上がると、静かに停止しドアが開く。二人は女性従業員に誘導され、人気の無い廊下を進んで行く。
相変わらず豪華な作りで、綾は圧倒される。何しろ廊下に敷かれた絨毯は足が沈むほど柔らかく、壁も高価そうな絵が飾られている。
やがて一際豪華な扉の前に着くと、女性従業員は両手で開け放す。
「こちらでございます。どうぞお入り下さい。」
頭を下げている従業員の横を通り、慧と綾はその部屋に入って行く。
「・・・・・・・・」
綾は部屋に入って数歩のところで立ち止まり、絶句したような表情で周りを見渡す・・・何しろ余りにも想像を超えていたからだ。
天井からは大きなシャンデリアが下がり、部屋の中央には豪華なソファが置かれている。広さも綾の部屋の数倍はありそうだ。
さながらテレビで見た事のある王宮の一室・・は少しオーバーだが、それに負けないような部屋なのだ、綾が言葉を無くすのも当然だろう。
それに対し慧の方はまったく動じた様子も無く、自然な動作で部屋を進みソファに座る。それは洗練された姿であった。
「綾ちゃん、立っていないでお座りなさい。」
慧の言葉にようやく我に返った綾は慌てて、彼女の前のソファに座る。それはとても洗練されているとは言えない姿だった。
二人が座るのを確認した従業員が部屋に入って傍らに来ると、再び頭を下げる。
「それではこちらで暫くお待ち下さい。何かあればフロントまでお申しつけ下さい。」
従業員はそう言うと部屋を出てゆく。綾はようやく落ち着いた気分になり、深いため息を付く。
「ふふ・・・緊張した綾ちゃん?」
口元に手を当てて慧が微笑みながら聞いてくる。彼女にしてみれば綾の緊張した姿はとても微笑ましく映ったのだ。
「・・・はいとても。こんなホテル初めてですし。」
からかわれているのに気付かず綾は真面目な表情を浮かべ答える。
「慧さんは慣れているのですね。」
ホテルに着いた時から堂々とした態度の慧の姿を思い出し、綾は感心した表情になる。
「去年もここで懇談会をやったしね。それに何度か招待された事もあるから。」
ホテルオープン時や市の行事などで何回か来た事があるから、と慧は笑って言う。この辺は流石『封印の巫女』と言えるだろう。
彼女達もれっきとした街の名士なのだから、ホテル側もかなり気を使っているらしい。まあこの部屋や案内の様子を見れば分かるが。
「そうなんですか・・・私は何だか落ち着かないです。」
「くすくす・・・まあそんなに緊張しないで。懇談会が始まるまでくつろぎましょう。」
そう言うと立ち上がり、何故か綾の隣に座ってくる慧。
「はあ・・・それはいいんですけど、あの・・慧さん?」
何となく何時もと違う慧の様子に、別の意味での緊張感を覚える綾。
「ふふ・・・二人きりになるなんて久しぶりね。」
確かに学院では学年が違ううえに、綾の周りは美智子をはじめとして何時も人が居るので、こんな風に二人きりになるのは久しぶりだ。
もちろん封印の時は二人だけだが、『妖』を相手にしている状態では、こんなにのんびりとはしていられない。
だから二人きりで過ごすというのは、綾が”女の子”に変化した当時くらいなのだ。よって慧にとっては、これは久々の逢瀬(笑)になる。
楽しんでも罰は当たらないでしょう・・・慧はそう思っている。一方綾は真意が分からず戸惑った表情をする。
綾としては、慧をはじめとする周りの女性達が何故これ程までに自分を構おうとするのか理解出来ないでいたのだ。
彼女達なら男性達が放っておかないだろう、綾も前の性別(笑)だったら声を掛けているかもしれない美しい女性達なのだから。
まあこれも、何度も説明で出てきたように学院の特殊性という点も多々ある。
が一番大きいのはやはり綾自身の魅力に尽きるだろう。それに気付かない綾は鈍感を通り越して、悪女なのかもしれない。

ホテル内・一室
「そう・・・彼女達は部屋に入ったのね。分かったわ、ご苦労様。・・・大丈夫よ、貴方には迷惑は掛けないから。それじゃ。」
電話の子機を戻し少女は満足そうに笑う。慧と綾の居る部屋からそれ程離れてはいない部屋に、数人の少女達が集まっていた。
その中心にいる少女こそ、慧に異常なまでの対抗心を持つお嬢様、高橋里香だった。その他の連中は彼女の取り巻きだ。
何故こんな所に里香を中心とする彼女達が居るのか?それは懇談会を利用して慧に恥をかかせようと、画策している為だ。
里香は親の権威を使い、慧達の近くの部屋を押さえ、従業員を使い監視しているのだ。もはやそれは嫌がらせの段階を超えている。
ここまでするのは里香が慧に抱く対抗心の他に、この街から受ける疎外感も加わっているのだが、本人は気付いていない。
いや、この部屋にいる里香以外の者も単に彼女におべっかを使っているだけでなく、同じ心情を持つゆえ協力しているのだ。
何故か? それは彼女達が最近この街に来た新しい住民だからと言えるかもしれない。
桜木市に古くから住む住民達は『妖』を実在の脅威と感じ、それを押さえ込める力を持つ巫女を絶対的な存在として敬っている。
一方、新しい住民達は『妖』を古い因習と見なして軽視し、特別扱いされる巫女の存在を理解出来ないばかりか疎ましくさえ思っている。
だが桜木市は近代的な街に見えるが、実は昔の村社会の名残が強い。そういう所では古い慣わしに従わない者は疎外される事が多い。
それが里香達のような新住民達が様々な鬱積を溜める原因となっており、近年、新旧住民間の大きな対立点として浮かび上がってきた。
今回里香の起こした行為もそれが遠因となっているのは否めない。
だが『妖』はそんな人間の事情など意に介さないのだ。その事を彼女達は後に嫌と言うほど思い知らされる事になる。
そう、”それ”がすぐ傍まで来るのは時間の問題だった・・・・・

ホテル地下
「北倉庫で妙な音がするって?」
緊急に呼び出されたガードマンは、ホテルの従業員からそう告げられていた。
「ああ、気のせいかと思ったんだが、今じゃはっきり聞こえるんだ。」
従業員は気味悪そうにガードマンに説明する。
「北倉庫って確か、拡張するんで壁を壊している最中の所だろ?」
「ああ、変な物が一杯出てきたらしく皆が気味悪がって工事が中断しているんだ。」
二人はそう話しながら地下の廊下を、問題の倉庫へと向かう。
「ここだ・・・聞こえるか?」
倉庫の扉の前に着いた二人は耳をすませる。
カサ・・カサ・・カサ
「? 何なのかな?」
「俺にもわからん。」
首を捻る二人。
実は彼らは地元の人間では無かったのだが、それが仇となった。地元の人間なら何なのか直ぐに思いついただろうに。
もっと言えば、工事で妙な物が出た時点で直ぐに報告すべきだったのだが、担当者は責任逃れの為に報告を遅らしていたのだ。
これでは悲劇は起こるべくして起こったと言うべきだろう、全てはこの段階で止めるチャンスはあったのだがもはや手遅れだった。

数十分後、北倉庫から出現した『妖』は、まず最初に様子を見に来た二人を襲い、瞬く間に地下室を抜けて上の階に広がって行った。
そしてホテルの人々が『妖』の存在に気付いたのは、連中が全フロアに侵入した後の事だった。

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