巫女遊撃隊

第四部NO.6


ホテル内に『妖』達が侵入する20分前、慧と綾の居る部屋に電話が掛かってきた。
「打ち合わせ?何で今頃そんな事を?・・・分かりました、とりあえず行ってみます。」
受話器を置き、慧は考え込む。そんな様子が気になった綾が聞いてくる。
「何かあったんですか慧さん?」
考え込んでいた慧は、その声に綾の方を振り返ると答える。
「神楽の段取りの事で、変更が発生したから、担当者の所に来てくれって言うんだけど・・・」
ため息を付くと慧は再び考え込む。綾は何も言わず、そんな彼女を見ている。
「・・・兎に角、行ってくるわ。綾ちゃんは待っててくれるかしら。」
「はい。」
部屋を出てゆく慧を、綾が扉まで送る。

「・・・今出て行きました。」
慧達の部屋の様子を伺っていた一人が、里香達の居る部屋に戻ってきて報告する。
「それじゃ始めましょう、可愛い子羊ちゃんを捕まえにね。」
里香は冷たい笑みを浮かべながら取り巻きの少女達に言うと、部屋を出て綾が一人で残っている部屋に向かう。
トントン・・・
慧が出て行った後、テレビでも見て暇を潰そうと、リモコンを探していた綾は、扉をノックする音に顔を上げる。
「慧さん?・・・忘れ物でもしたのかな?」
そう言いながら綾は扉に向かう。この時彼女は迫り来る物には気付いていなかった、”巫女”も人の悪意までは感じられなかったのだ。
とはいえ綾も無用心に開ける事は、流石にしなかった。多少の用心さなら持ち合わせていた・・・もっとも今回は役に立たなかったが。
「はい、どなたですか?」
「係りの者ですが、神北様からご伝言がございます。」
やっぱり何かあったのだろうか、そう思った綾は扉を開ける。
「伝言って・・・・」
だが最後まで言う前に、綾は急に入ってきた相手に突き飛ばされそうになったが、咄嗟に身を翻してそれを避ける。
強引に押し入ってきたのは4人の少女達だった。そのただならぬ雰囲気に危険を感じた綾はソファまで後退する。
そしてソファに置かれていた『御神刀』を二本とも掴むと、囲まれないように壁際に身を寄せて、侵入者を叱責する。
「貴方達は・・・?どういうつもりですか!?」
普段は穏やかな綾も、この時ばかりは不躾な侵入者に怒りを覚える。こういう不埒な行為を彼女は最も嫌っているからだ。
その怒りにひるむ侵入者の中から一人、すっと出てくる者がいた。綾の怒りを真正面から受け止めて来る。
「・・・高橋様?」
綾はその相手が、学院の先輩である『高橋里香』だと気付く。一応ドレス姿であるが、懇談会に誘いに来たようでは無さそうだ。
「ごきげんよう妹姫様。」
表面上は丁重だが、その言下にある悪意を綾は強く感じていた。顔も笑っているが、目には憎悪の火が見えている。
里香の態度に、一緒に入ってきた少女達も気を取り直し、じりじりと綾に迫って来る。
「これはどういう事なのでしょうか高橋様?事と次第によっては、たとえ上級生であってもご容赦できませんが。」
両手に持った『御神刀』を掲げつつ、綾は里香達を見ながら言う。そこには怯えなど微塵も存在していない。
もともと情け容赦ない『妖』との闘いに身を置いている綾である。少々の修羅場で怖気付くようなタマでは無い。
とはいえ困惑しているのも確かだった。彼女達が自分達に良い感情を持っていない事は薄々感じていたが、まさかこんな事をしでかすとは。
「別に貴方自身に恨みはありませんわ妹姫様。
ただ、貴方が『封印の巫女』であり、神北さんの従妹である事が問題なのですわ。」
要は『封印の巫女』と慧に恨みがある、という事らしいと綾は理解する。言わば自分はその意趣返しの為にこんな目に遭っている訳だ。
そんな理不尽な状況に綾は黙り込む、怒りと言うよりも”呆れて”だが。しかし里香達はそれを”怯えて”と思ったらしい。
「大丈夫ですわ妹姫様。少し私達に付き合って頂くだけですからね。
もっとも、それで慧さんに頼み事を聞いてもらうことになりますが。」
冷たい笑みを浮かべ里香は言う。自分を手元に置き、慧に言う事を聞かせる、そういうつもりらしい、綾はため息を付く。
はっきりいって付き合う理由は無いし、第一、慧に何を要求するか分かったものでは無い。だからそんな事を許すわけにはいかない。
綾は何気なく周りを見渡し、脱出の算段を始める。出来れば暴力行為は避けたいと思っている、後で揉めない為にも。
言っておくが、綾が里香達に遅れをとる事は無いといえる。巫女の二人とも、こと体力面では男性にも負けない力があるのだ。
何しろ『御神刀』は見た目よりも結構重量がある。巫女は祝詞を唱えながら、それを振るい封印を行なければならない。
並大抵の体力では勤まらないのだ、だから強固な体力作りは『封印の巫女』にとって欠かせない修行の一つであるのだ。
お陰で綾は男の頃より、瞬発力や反射神経が鍛えられ、持久力も増している。男と比べると瞬間的な力で劣っていても、他では負けていない。
まして相手は箸(彼女達の場合はナイフとフォークか)より重いものを持った事の無いお嬢様達なのだから、優劣は明白だ。
『封印の巫女』を、呪文しか出来ないひ弱な魔法使いと誤解する者は多いが、実は身体も酷使するハードな仕事であるのだ。
「・・・さてどうしましょうか?」
その綾の言葉は小さすぎて、里香達には届いていない。彼女達はもう既に獲物を捕らえた気でいるのだ、それが間違いだと知らずに。

ホテル・担当者の部屋。
「誰も呼んでいないって・・・私は確かに電話を受けたのですが?」
懇談会の進行を担当する係りの部屋に来た慧が聞かされた言葉は、「呼んだ覚えはありません。」だった。
慧に訪ねてこられた係りの者も当惑している様子で答える。
「第一、問題が発生して無いのに、今更変更する事などは無い筈ですが。」
どう見ても嘘を付いているようには見えない。
「・・・・・・・・」
何か変だ・・・慧の心の中に急速に不安感が広がっていく、誰かによって仕組まれた何かが進行しているのではないのかという不安が。
だとすれば何の為に? 誰が何の目的でこんな事をしたのか?
慧は考える、自分をこんな所に呼び出した理由を・・・・
「まさか!?」
ここにきて慧は全てを理解する、自分は誘き出されたのだ、そして連中の真の目的は”綾”であったのだと。
「何て事なの!?迂闊だったわ。」
慌てて慧は部屋を飛び出す。係りの者は突然の彼女の行動にあっけに取られ、身動きできずにいた。
廊下に出た慧は自分の居た階へ通じるエレベーターに向かおうとしたのだが、次の瞬間、背筋を何かが走る感覚を受けて立ち止まる。
「これは・・・まさか?」
何度感じても慣れる事の出来ない、この不快感を慧はよく知っている。これは”あれ”が現れた証だったからだ。
「こんな時に・・・・」
慧は唇を噛みしめる、状況は余りにも最悪だった。流石に彼女も『御神刀』無しでは、『妖』を封印出来ない。
「あ・・・の?」
慌てて出て行った慧を、先程の従業員が声を掛けてくる。
「直ぐに支配人に連絡を! あと警察にも通報して!」
「え・・・?」
突然の慧の指示に従業員が戸惑う。だが理由を慧が話そうとする前に、ホテルのあちこちから悲鳴や怒声が聞こえ始める。
「早くして下さい、奴らが現れたんです。」
説明はそれだけで十分だった、従業員は泡を食って部屋に戻り、電話に取り付く。
その間にもホテル内のパニック状態は酷くなっていくが、今の慧にはまったく打つ手が無かった。

”ぞわぁ”
学院の先輩達に取り囲まれていた綾の背筋を、不快な感触が突き抜けてゆく。
「これ・・もしかして?」
綾もまたこれが何なのか、即座に気が付いた。このような感触など他と間違う筈も無い。
それにしてもこんな時に・・・綾は最悪のタイミングに苦笑いしてしまう。まあ『妖』に人間の都合など関係無いだろうが。
「・・・?・・・何がおかしいのかしら貴方は。」
怯えていたと思っていた相手が笑った事に里香は戸惑った声を上げる。そんな彼女に綾は冷ややかな目を向けて言う。
「申し訳ありませんが、緊急事態ですので私はこれで。」
里香達を無視し扉に向かおうとした綾を、呆気に取られていた里香が、我に返り掴みかかろうとする。
「何をおっしゃっているんですか!?」
しかし綾はそれを簡単にかわすと、逆に里香の腕を掴んで後ろ手に捻ってしまう。
「緊急事態と言った筈です。それがお分かりにならないのですか?」
静かだが有無を言わさない綾の迫力に、悲鳴を上げかけていた里香や取り巻き達が動きを止められてしまう。
今自分達の前に居るのは、ただの学院の後輩では無い。里香達には想像も出来ない力を持った『封印の巫女』なのだ。
「貴方達はとりあえずここに居て下さい。私が戻るまで部屋から絶対出ないように。」
先程の迫力はどこへいったのか、里香達はただ黙って肯くだけだった。綾はそんな彼女達を見て苦笑いを浮かべる。
「それじゃ行きますね。」
綾はそう言って扉に向かい、開けて出ようとした瞬間、黒い塊が室内に侵入してくる。
「くっ!!」
咄嗟に『御神刀』を振り下ろし、祝詞を唱える綾。
「蒼き浄化の炎よ、我に従い、邪気なるものを、封印したまえ・・・・!!」
バシッ!
祝詞を唱える声と閃光が同時に部屋を満たし、続いて耳障りな金属音が響く。
「きゃああ・・・!」
里香達は座り込んで悲鳴を上げる。彼女達にしてみれば、突然何者かが乱入してきたと思ったらこの有様である。
やがて全てが収まり、恐々と顔を上げた里香達が見たものは、『御神刀』を捧げ持ち、部屋の真ん中に立つ巫女服の少女。
彼女の周りには不気味な色をした玉が転がっている。
「あ・・・あ・・あ・・・」 
目の前で展開された出来事に里香達はショックを隠しきれない、姿勢も腰を抜かした状態でへたりこんでいる。
里香達は封印の現場を初めて見たのだ。しかも何の予備知識を持たずに、だ。だから驚きも大きかった。
「分かりましたか?・・・兎に角じっとしていて下さい。」
もはや言葉を返す事も出来ない彼女達を残し、綾は部屋を出ると鍵を掛ける。そして小走りに廊下を走り始める。
「とりあえず慧さんと合流しないと・・・」
廊下には逃げる人々が落としていったカバンや靴などが散乱している。その中をエレベーターに向かう綾。
階下からは悲鳴や何かが崩れる音がしきりなしに聞こえ、事態の切迫さを伝えている。

ギェェ!!
数匹の『妖』が廊下を走り抜け接近してくる。慧は拾ったモップを振り回し、連中を壁に叩きつける。
しかし大した効果も無いようで、『妖』達は直ぐに体勢を立て直し、迫って来た。慧の顔に焦りの色が浮かぶ。
『妖』に対しては物理的な攻撃はまったく効果が無い。『封印の巫女』によって封じる事が唯一の方法なのだ。
しかし巫女であっても『御神刀』が無ければ、無力な一般人とさほど変わらない。
じりじりと迫る『妖』に、それでも慧は立ち向かう事を止めない、彼女の後ろにはまだ逃げ遅れた人々が居るのだ。
ギャアア!
一斉に絶叫を上げ『妖』達が突っ込んでくる。モップを握り身構える慧。だがその時だった。
「蒼き浄化の炎よ、我に従い、邪気なるものを、封印したまえ・・・・!!」
一陣の蒼い風が慧の前を通り抜けたかと思うと、力強い祝詞が響き渡り、光が満ちる。
「綾ちゃん!?」
『御神刀』を持ち慧の前に立つ綾。足元には数個の玉、封印された『妖』が転がる。
「慧さん大丈夫ですか?」
思わず座り込みそうになるが何とか気を取り直す慧。
「助かったわ綾ちゃん。貴方は大丈夫だったの?」
『妖』出現前の事を思い出し聞く慧。綾は『御神刀』を渡しながら答える。
「まあ色々ありましたけど・・・それは後でお話します。」
「そうね、先ずはこいつらを何とかしないとね。」
受け取った『御神刀』を構え、慧は前方を睨みつける。廊下の先から新たな『妖』が現れ始めているからだ。
「はい。」
綾もまた『御神刀』を構え直し、慧の隣に並んで、前方から迫り来る『妖』達に対峙する。
ギェェ!!
「「蒼き浄化の炎よ、我に従い、邪気なるものを、封印したまえ・・・・!!」」
『妖』達の絶叫と、二人の『封印の巫女』達の祝詞の声が重なり、ここに闘いが開始されたのだった。

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