巻き上がる水しぶき。照りつける日の光。女性達の色とりどりの水着の群れ････ここは市内にあるセレブ御用達のプール。
綾も青い布地に白の縁取りのセパレートの水着を着用して、このプールに居た、周りを慧達３人に囲まれて。
はっきりいって目立っている、何しろ美少女が４人も揃っているのだから。しかも全員素晴らしいスタイルの持ち主なのだ。
男性達の興味の視線、女性達の羨望の視線、それらがこの４人に注がれるのは当然の結果と言えるだろう。
夏休みに入って一週間、綾と慧、それに麻耶と美智子の４人は、夏休み前に立てた計画通りにプールに来ていた。
もっとも綾にしてみれば計画させられた、と言った方がいいのかもしれない。彼女からすれば学院以外のプールは避けたかったのだ。
だが結局押し切られ、麻耶の父親が経営する高級スポーツ施設の中にあるこのプールへ４人で泳ぎに来る事になったのだ。
設備の整ったプールは素晴らしく満足のいくものだったのだが、綾はそんな事を感じている余裕は無かった。
まず今着ている水着、スクール用に続き２着目だが非常に恥ずかしかった。何しろ上下の大事な所のみ隠されているだけなのだ。
まるでブラとショーツという下着姿のような気がして綾は落ち着かない。他の女性はよくこんな格好ができるものだと感心してしまう。
それから綾にとってはもっとも身近な女の子達の、普段は見れない艶姿もまたインパクトが大きかった。
慧は普段の清楚な感じからは想像も出来ないビキニの水着（色は黒）、美智子はペパーミントグリーンのワンピース（結構ハイレグ）。
麻耶といえば綾とは色違い（こちらはグリーンの生地に赤の縁取り）だが同じ形をしたセパレート水着だった。
こうなると身体は女の子でも精神は男（本人はそう信じている）と思っている綾には、刺激が強すぎて眩暈がしそうである。
それにしてもこの３人、今日の着てきた水着、えらく力が入って見えるのは多分錯覚ではあるまい。　
気になる相手に自分の魅力をアピールといったところだろうか、まあ、それが同性（身体だけで言えばだが）というのはかなり問題だが。
そんな彼女達は、魅力をアピールする一方でお互いを牽制し合いつつ、自分達以外の者が綾に近づくのを阻止していた。
綾自身は気づいていないようだが、彼女だってかなり注目を集めているのだ。やや幼さが残るが、清楚な色気を持つ美少女として。
スタイルをとってみても、小振りだが形の良い胸や細い腰つき、すらっと伸びた艶やかな手足と４人の中でも突出している。
それだけにプールに着いてからというもの、度々声を掛けられているのだ。しかもかなりのイケメンの男性達からにだ。
いや容姿だけでなく、高級なブランド物の水着やアクセサリーを身に付けた、いかにも御曹司という連中なのだから凄い。
だが彼等のコンタクトも、他の３人・・特にお姉様とお嬢様にことごとく蹴散らされていた。残った一人は綾を死角に誘導する役目だ。
････こうして妹姫にまとわり付く輩は密かに成敗されていった（笑）、ちなみに綾は最後まで気付いていなかった。
ただ『男性客がだんだん少なくなってきたな』というくらいにしか思わず、お陰で静かでいいなと安心した綾である。
まあ綾としても見知らぬ男性から声を掛けられるのは嬉しくもなかったからだが。
とまあ色々あったが、４人で競争したり、水のかけ合いをしたりと、それなりに楽しめた綾ではあった。
あと一つ付け加えておくと、この４人、いやその中の一人を熱心に見る人物が居たのだが、誰も気付いていなかった。
言わずと知れた、ストーカーお嬢様の里香である。
「ああ･･･妹姫様の水着姿を見れるなんて何て幸せなんでしょう････」
ある意味不気味だが、本人は幸せそうなので構わないでおいた方が良さそうである。

こうした気疲れする展開はあったが、綾の学院生活初めての夏休みは概ね平和に消化されていった。
とはいえ遊んでいたばかりではない。『封印の巫女』としての修行や勤めもちゃんとあったし、神社の手伝いにも借り出された。
そうしている中に夏休み後半になって、綾にとって重大な出来事が起きる事になる。
それはある日綾に掛かってきた電話から始まる････

「綾ちゃん元気にしてる？」
「母さん？」
掛けてきたのは綾の母親だった。ちなみに家族とは週一で連絡を取り合っている。
まあそうしないと父親がうるさいからだ、ただし電話には出てもらわないようにしている。理由は、出たら最後、長話になるからだ。
年頃の娘（笑）の父親として、男の影を非常に気にして根掘り葉掘り綾の行動や周囲の状況を聞こうとして離してくれないのだ。
いくら女子高に通っていて、男子禁制の巫女だと言っても心配でしょうがないらしいが、綾にとってはたまらない。
だから電話の相手は常に母親にしてもらっている。もちろん父親はこれが不満なのだが、何とか言いくるめている。
もっともその理由が「母親と娘の女同士の会話をしたいから。」というのは綾としては複雑な気分だが。
確かに表面上は間違っていないかもしれないが、自分は男だと自覚している（と本人は思っている）綾としては。
話を元に戻す。
だからその日の電話も何時もの近況の交換だけかと思っていたのだが、少々違っていた。
「･･･ところで綾ちゃん、何時こっちに戻ってくるつもりなの？」
話の最後に母親が言った言葉がこれだったのだ。意外な話に綾は一瞬口ごもってしまう。
というのもこの身体（女の子）に変わってしまった身としてはもう帰れないと半ば諦めていたからだ。
まあ地元を出る時は男だったのに、帰ってきたら女の子になってました、なんて言える訳がないではないか、綾はそう思っている。
だから母親からの提案には困惑を隠せない。
「戻るって･･･この状態でどうやって？私は今は女の子なんだし。」
言ってて自分でショックを受ける綾。そう、今の自分は外見的には女の子、かつての”薫”はもう居ないのだ。
だがそんな綾の葛藤を母親はいともあっさりに切り捨てて言う。
「大丈夫よ、貴方は薫の生き別れの双子の妹として周りには既に紹介済みだし。」
「･･･ってそれ本当にやっていたのかよ！？」
母親の言葉に綾は思わず男言葉に戻って叫んでしまう。いや確かにそんな話を前に聞いた事はあったのだが、まさか本当だったとは。
綾は今更ながら自分の母親が分からなくなっていた。大体今時生き別れの兄妹って････ドラマじゃあるまいし、そう思ってしまう。
「だから安心して帰っておいで。」
「というか帰れるか分からないんだけど････」
そう、例え生き別れの妹（嫌な設定だけど）だったとしても、そう易々とは帰れない事情が綾にはある。
言わずと知れた『封印の巫女』としての務めの為だ。何時でも『妖』に対処できるように、長期に神社を離れられないらしい。
だからせっかくの長期休暇（夏休み）も何処かへ旅行というわけにいかず、せいぜい市内で過ごすしかない。
ちなみに麻耶は今ヨーロッパに家族で旅行中だ。他の学友達も似たようなもので、ほとんどが外国へ避暑に行っている。
一方、美智子は家族からの強い要望（特に父親の）で家族旅行に行っている（本人は最後まで渋っていたが）。
まあそこも一人娘だから仕方が無いらしい。それこそ毎日電話で泣きつかれ、流石に美智子も折れるより仕方がなかった。
何となく似た境遇の綾と美智子は共にため息をつきながら、「うちの父親には困ったものです。」とお互い愚痴を零し合ったものだ。
話が多少それたが、そういう事情もあり綾は帰郷は難しいと思い、母親に言ったのだが。
「『封印の巫女』の事？それなら慧ちゃんは大丈夫と言ってたわよ。」
と意外な答えが返ってきた。それにしても何時の間にそんな事を？綾は母親の用意周到さを改めて思い知らされる。
「取りあえず慧ちゃんに確認してみなさい、それで問題なければ後で電話を頂戴ね。」
「うんわかった、それじゃ後で････」
受話器を戻す直前、「俺にも話させてくれー！」という父親の絶叫が聞こえたような気がしたが綾は無視した（笑）。
それにしても戻るとすると、あの父親の相手をしなければならないのか、とその事を想像して綾は別の意味で嫌になる。
世間一般の年頃の娘さん同様、綾も父親の過保護な態度にうんざりしているらしい。････ある意味父親達にとっては哀れな話である。
電話を終えた綾は居間にいる慧の元に行き、母親から聞いた事を確認してみたのだが。
「ええ問題は無いわ、今は市内の工事現場はお休みに入っているし。」
慧の話によれば、工事が止まるので、地面を掘り返したり古い建物を壊したりする事が無くなるかららしい。
市内で起こる『妖』事件の大半がこれが原因で発生しているので、そうであれば神経質になる必要は無いとの事だ。
「後は常に連絡が取れる状態にして、居場所をハッキリさせておけば良いわよ。」
慧と綾の二人の巫女は外出時に常に携帯電話を持って出掛け、一定時間ごとに居場所を連絡するようにしている。
つまりそうするなら少しくらいの長期旅行も出来ない事も無い、もっとも制約が多すぎて心から楽しめないと慧は笑うが。
「だから行ってらっしゃい、少しは親孝行をしないとね。」
そんな慧の言葉で、綾の帰郷が決まったのだった。････薫の双子の妹の綾として、だが。

出発の日の朝。綾は見送りに来てくれた慧と共に鳥居の下にいた。
「それじゃくれぐれも気をつけてね。」
肩にバックを掛け、水色の膝丈ワンピースを身に付けた綾に慧は声を掛ける。
「はい分かってます慧さん。大丈夫ですよ、自分の実家に行くだけなんだから。」
そう答える綾に慧は眉をしかめて言う。
「･･･本当に？今の貴方は”女の子”なのよ。」
「そうですけど･･･？」
綾は慧の言いたい事が分からずきょとんとした表情を浮かべる。それを見て慧はため息を付く。
「兎に角、昨日教えた事は必ず守る事、いいわね。」
出発の前日の夜に綾は慧の部屋に呼ばれ、様々な注意を受けたのだった。
曰く、夜道を一人で歩かない、男の子達に声を掛けられてもにこやかに相手をしない、あまり派手な格好をしない････
その他様々な”女の子”として気を付けなければならない点を慧は事細やかに教えたのだ。もっとも綾はいまいちピンとこないようだったが。
それだけに慧は不安に駆られるのだ、かといって一緒に付いて行くわけにもいかない。幾ら何でも巫女二人が一度にここを離れられないからだ。
「はい。それでは行って来ます。」
そう言って綾は石段を下りて道路に出ると駅へ向かって歩き出す。慧は彼女の姿が見えなくなるまでそこを動かなかった。

駅に着いた綾は切符を買うと、ホームに出て列車に乗る。観光シーズンも一段落したのか車内はわりと空いている。
棚に荷物を上げると座席に座りホームの方を見る。ふと綾は一人で何処かに行くなんて、この身体になって以来初めてだと気付く。
大概は慧か美智子達と一緒だったからだ。あの時は出掛ける度に騒がしい思いをしたものだが、一人きりになると寂しいものがある。
一方、故郷に”綾”として帰るという事が言い知れぬ不安を掻きたててもいた。普通帰郷となれば心沸き立つものだろうと思うのだが。
そんな複雑な胸中の綾を乗せ、列車は駅を発車し目的の街へ向かう。そこでどんな出来事が待っているのかも知らずに。

桜木市を出て数時間後、綾を乗せた列車は故郷の街に到着していた。実に五ヶ月ぶりの帰郷である。
列車を降り駅を出た綾は久々に見る故郷の街並みを懐かしそうに見渡す。まあ色々葛藤のある帰郷だがやはり懐かしいものだ。
「う〜ん、それじゃ行きますか。」
軽く伸びをし、綾は荷物を抱えなおして歩き始める。しかしこの時、厄介事も一緒に歩き始めたことに気付いていなかった。
実は彼女が駅前に出て来た時から、人々の（特に男性連中の）注目が集まっていたのだが、綾は気にも止めなかった。
既にこの時点で綾は失策を犯していたのだ。あれほど自分を見る目に注意するように慧に言われていたのにそれを怠ったのだ。
どうも綾は自分の容姿が周りに与える影響に無頓着過ぎる傾向がある。出発前に慧はその事を心配して注意を喚起したのだが。
まあそれも仕方の無い話かもしれない。桜木市では綾に無粋な視線など向ける輩は居なかった、彼女が『封印の巫女』であったからだ。
しかしこの街では巫女を知る人間など皆無であり、そうなると綾は幼い所は残るが清楚な美少女としか見られない。
先程の綾の動作も、大きくないが形の良い胸を強調する結果になって、多くの男性陣の煩悩を刺激していた。
とはいえ声を掛ける勇気の有る者も直ぐには出なかった、綾の背筋をぴしっとして歩く凛とした姿に気後れしてしまったのだ。
しかし綾が何事も無く駅前から商店街を抜けて人通りが絶えた所に来て、彼女に付いてきた厄介事が遂に動きだしたのだった。
「ねえお嬢さん、何処へ行くのかな？」
最初綾はそれが自分へ掛けられた声と思わなかったので、そのまま歩き続けた。その後も同じように声を掛けられたのだが気付かない。
「おい！さっきから呼んでいるのに返事くらいしろよ。」
肩を掴まれ、そう怒鳴りつけられて初めて綾はそれが自分に向けられていたものだと認識したのだった。
振り向くとそこにいたのは、金ぴかの時計やら指輪などのアクセサリーを身に付けた若者４人組だった。
「･･･何かご用ですか？」
流石にこういった事に疎い彼女でもこの状況は容易に認識出来た。要はナンパにあったのだと････綾はため息を付く。
その一方、彼等の自分の胸や腰の部分に向けられる粘着質のある視線に綾は強い嫌悪感を覚え、知らずと身構えてもいた。
かつて自分が男だった頃は、確かに女性のそういった箇所に目が自然と行ってしまったので気持ちは分からないでもない。
だが自分が見られる側になった今、それがとても耐え難いものだと痛感させられていた。特に連中のような露骨な視線には。
あからさまに綾の女性的な部分だけに興味が有る事を隠そうともしていない、要は身体だけが目当てという手合いだ。
「用があるから声を掛けたに決まっているだろお嬢ちゃん。」
にへらとした笑みを浮かべ男は馴れ馴れしく肩に手を置こうとしてくる。もちろん綾は身体を捻ってそんな事をさせない。
そして連中から距離を取ろうとするが、男達もこちらの意図を察知し、綾を包囲しようと動き始める。
囲まれると厄介だなと綾は思った。一対一なら何とかさばけるが、複数の人間に同時に動かれたら、いくら彼女でも対応できない。
一番良い方法は連中の間をすり抜けて逃げる事だが、荷物を抱えていてはそれも危ぶまれる。
かといって周りに他の人の姿は無く、助けを呼ぶのも出来そうもない。渡された携帯はカバンの中で、取り出している暇はあるまい。
じりじりと迫ってくる男達を見ながら綾は考えあぐねていた。そんな時････
「おい！お前ら何やっているんだ。」
後方から鋭い叱責の声が掛けられ、綾達の目がそちらに向けられる。そこに居たのは一人の少年、年の頃は１７，８か。
「何だてめえは！？」
男達が一斉に睨みつけるが、その少年は意にも介せず言い返す。
「女性一人に男が数人掛かりで囲む奴らに答える義理は無い。」
そう啖呵を切る少年を見て綾は驚きに襲われていた････何しろ知っている相手だったのだから。
彼の名は『戸崎信一郎』。綾の男時代の親友だった少年だ。

こうして綾は再び自分の過去と対面する羽目に陥ったのである。