「女性一人に男が数人掛かりで囲んでいた奴に答える義理は無い。」
帰郷した綾は早速（？）厄介事に巻き込まれていた・・・といっても強引な”ナンパ”に遭っただけだが。
そんな綾の窮地に現れたのが、男時代の親友であった『戸崎信一郎』であった。
「な、何だお前は･･･？」
男達は声を上げたが、多少腰が引けている。まあそれもしょうがないだろう、何しろ信一郎は身体が大きくたくましい。
ナンパなどする男達とは鍛え方が違うのだ。しかも空手の有段者でもあり、何より連中のような輩を嫌っている。
今も男達を睨みつけている。対して綾をナンパしようとした男達は、人数では勝っていても全員逃げ腰だ。
「さあ、その人を置いてさっさと行け！今なら見逃してやるぞ。」
流石にその言葉にカチンときたらしく、男達は表情を歪ませて、信一郎を取り囲む。
「う、うるせい！女の前だからといってカッコつけんじゃねえ。」
それでもやはり逃げ腰なのは変わらない。人数が多いので多少は強気になっているようだったが。
「ふん！女性の前だからこそ、男は男として恥ずかしくない言動をすべきだ。お前らはなってねえ。」
信一郎と男達の会話を聞きながら、綾は「変わってないなこいつは。」と思っていた。

付き合いは小学生の頃からになるが、その頃から信一郎は、『男は硬派であるべきだ。』というスタンスの持ち主だった。
この辺は彼の祖父の影響らしい。信一郎はそれこそ幼い頃からそう鍛えられていた。空手などもその為に習わされたのだと言う。
お陰で信一郎は弱い者いじめや卑怯な行為を嫌い、相手が自分より年上でも容赦せず向かっていったものだ。
そんな信一郎と綾（その頃は薫だったが）は、何故か仲が良かったのだ。性格も身体つきも両極端にも関わらずだ。
当時の同級生達も不思議がっていた。まあそれはそうだろう、男臭さの象徴の信一郎と、容姿は女の子っぽい薫の組み合わせなのだから。
だが二人は結構良いコンビだった。というのも、何かと突っ走って周りが見えない信一郎を、薫はよくフォローしていたからだ。
中でも女の子相手で薫は真価を発揮したものだ。何しろ信一郎の硬派な態度は特に女の子達に誤解されたり、怖がれたりしたものだ。
そんな時女の子と信一郎の間に入り、誤解を解いたり、行動の説明をして、彼への恐れを無くしたりしたのが薫だった。
容姿（当時から女の子っぽかった）も相まって、薫は同年代の男の子達に比べ、女の子達に信用されていた。
だからこそ信一郎がただの乱暴者と呼ばれる事が無かったのだ。そして、その容姿故にいじめに遭いやすかった薫が救われていたのだ。
そのお陰か、二人は同窓生の間では今も凸凹コンビとして有名な存在だった。そしてその腐れ縁は中学時代まで続いた。
中学卒業後、信一郎は地元の高校（男子校）に空手の特待生として進学、薫はＩ県へと進路が分かれてしまった。
それでも二人は連絡を取り合い、時々会おうと約束したのだが･･･薫が綾に変わってしまった結果、それは出来なくなってしまったのだ。
綾自身も、身体が変化した事による混乱と新生活（女の子の）への対応、それ以上に、この姿では会えないという気持ちから連絡を断っていた。
それが･･･まさかこんな所で、こんな状況で再会する事になるとは、綾は思ってもみなかったので激しく動揺させられていた。
その一方、こんな形とはいえ再会出来た喜びもあったのも確かだった。性格も以前と変わっていない事に安堵もした。
数ヶ月会ってなかった間に信一郎は更に精悍になっており、綾はとても眩しさを感じてもいたのだ。それも無意識のうちに。

「さあ、どうするんだお前達？俺は何時でもいいんだぜ。」
にやりと笑みを浮かべ、男達を見下ろすように言う信一郎、男達は互いに顔を見合わせ躊躇していたようだったが。
「くそ！！ふざけやがって。」
一人が恐怖かそれともやけを起こしたか、信一郎に突っかかっていった。それもかなりのへっぴり腰で。
あれじゃ返り討ちだな･･･綾は思った。信一郎の強さを知っている身としては、その後の状況は容易に想像出来る。
バキッ！
だが結果は綾の予想とは違った、信一郎は避けもせず男のパンチを受けて見せたのだ。もっとも威力など殆ど無いパンチだったが。
「･･･な、何を･･･」
パンチを命中させた男の方も動揺していた。彼も避けられるか逆襲されるか、そう思っていたのだろう。表情からもそれが伺える。
「そんなパンチじゃ俺を止められないぜ。･･･どうした？それで終わりか！！」
信一郎は顔にパンチが入った状態で、そう啖呵を切って見せる。
「ひやぁ･･･」
男はその場に座り込んで、情けない声を上げる。他の連中も腰は抜かさなかったが、立っているのがやっとという感じだ。
「情けない野郎だぜ、貴様らそれでも男か！！」
ドキ！
腰砕けになった男達を前にそう吼えて見せる信一郎を見ていた綾の心臓が激しく高鳴り、顔がかっと熱くなる。
「え！？」
思わぬ自分の反応に何が起こったのか理解できなかった綾は、激しくうろたえてしまう。それも両手を頬を当てて、身をよじりながら。
本人は気付いていないが、傍から見ると女の子がかっこいい男の子を見て、ときめいているように見える。
「わ、私は何を･･･？」
一連のリアクションに我に返り、綾は呆然としてしまう。一体自分に何が起こったのか？　彼女（？）の思考は混乱の極致に達していた。
そんな綾を他所に、信一郎と男達の対決は終わりを迎えていた。もはや戦意を喪失していた男達に残された手段は一つしかなかった。
「お、覚えていやがれ。」
座り込んでいた一人を立たせると、お決まりのセリフを信一郎に浴びせて、男達は去ってゆく。決着はあっけなかった。
「まったく･･･で、おい大丈夫か？」
「え･･･はい大丈夫です。あれ･･･あの人達は？」
混乱していた綾は信一郎の声に気を取り直して答える。何時の間に男達が居なくなっていたのか、まったく気付いてなかった。
「連中はもう居ねえよ。」
信一郎はぶっきらぼうに答える。傍目にもむすっとした表情で、相手によっては恐怖感を抱かせてしまうだろう。
が綾はその姿を見たとたん、何だかおかしさが込み上げてくる。信一郎の性格を思い出したからだ。
普段は硬派な信一郎は、実は女の子と会話するのが苦手なのだ。だから対応がこんなふうになってしまいがちなのだ。
この辺が女の子達に誤解されてしまう原因になっているのだ。綾（薫）はそんな信一郎の誤解を、当人に代わって晴らしたものだ。
「あの･･･ありがとうございました。とても助かりました。」
綾は笑いを堪えながら丁寧にお辞儀をして見せる。その優雅な仕草に信一郎が見とれ、顔を赤くしてしまう。
「いや、たいした事じゃねえから･･･」
そっぽを向いて更にぶっきらぼうに答える信一郎。彼らしい姿に、にやけそうになる顔を何とか押しとどめつつ綾は言う。
「この度は本当に助かりました、それではごきげんよう。」
「あ、ああ、気をつけてな。」
荷物を抱え直し綾は歩いて行く。信一郎はその場に佇みその姿を見つめていた。

「しかし信一郎の奴、本当に変らないなあ。あ、でもいきなり手を出さなかったのはあいつも進歩したって事かな。」
綾は歩きながら先程の事を思い出してそう呟く。以前の信一郎なら先に一発出ていただろうと思ったからだ。
「それにしても、かっこ良くなったわ･･･って・・・え？私今何を？」
信一郎の姿を思い出し呟いたとたん、再び胸の高鳴りと身体が火照ってくる感じがして綾は落ち着かなくなる。
頬を染める綾はある意味色っぽさを醸し出しており、年頃の少女らしさを見せている。もっとも本人はそれを気付いていないようだが。
「と、ともかく早く家に行きましょう、ええ早く。」
動揺する気持ちを押し止める為、自分自身に言い聞かせるよう呟き、綾は足早に家に向かう。
数十分後。綾は一軒の家の前に立っていた。言わずと知れた自分の家だが、扉前で動きが止まっていた。
理由は簡単だ、果たして自分がここに帰ってきて良いのか、未だに迷っていたからだ。何しろ今の姿は････
数ヶ月前、この家を出た時は”薫”という男の子だった。だが今此処にいるのは”綾”という女の子。そのギャップがどうにも埋まらない。
とはいえ何時までもこうしているわけにもいかないだろう。人の目も気になる事だし、綾は意を決して玄関の扉を開ける。
「た･･ただいま帰りました。」
玄関に入り小声で呼びかける綾。自分の家だから堂々としてればいいのかもしれないが、どうにも落ち着かない。
”綾”としてこの家に入るのは何しろ初めてなのだから無理もない話だ。見慣れた筈の家の中の様子が違って見える気がしてしまう。
そんな時だった、奥の部屋の扉が突然開けられ、何かが飛び出して廊下を突き進み、玄関に殺到してくる。
「･････」
綾はそれに動じる事無く、すっと身体を横にずらして避ける。日頃鍛えた反射神経の賜物だった。
ズドン！！
凄まじい勢いで扉にぶつかったその物体を綾は冷ややかな目で見て言う。
「･･･何をしようとしたのお父さん？」
突進してきた物体は、綾の父親だった。ぶつかった衝撃で見事に目を回しながらも文句を言ってくる。
「ひ、酷いな綾。折角再会の抱擁をしようとしたのに。」
綾は人差し指をこめかみに当てて、呆れたように言う。
「・・・お父さんは再会するのにいちいち抱きつこうとするのかしら？あんな勢いで。」
避けなければ扉との間に挟まれ怪我をしていたかも知れない、綾は憮然とした表情で、父親の言い分を切って捨てる。
「それだけおまえが愛おしいんだよ綾。ああ、これが娘を持った父親の気持ちなのか！？」
何だか一人で盛り上がっている父親に、綾は呆れて物が言えなかった。
綾が”薫”だった時は、「居なくなってせいせいする。」とか「二度と戻ってくるな。」って言っていたのに。
それが女の子になったとたんこの有様だ。綾でなくてもそう思いたくなるだろう。だが父親はそんな娘（笑）の気持ちなど何処吹く風。
「会いたかったよ綾。」
そう言って綾に抱きつこうとする。しかし彼女とて『封印の巫女』として戦ってきたのだ、そう簡単に捕まらない。
軽快な動きで父親の抱き付き攻撃をかわし、玄関を上がると廊下に退避する。
「何で逃げるんだ綾。」
悲痛な叫びを上げる父親に、娘は思いっきり嫌な顔をして答える。
「抱きつこうとするからです。普通に出迎えられないのお父さんは？」
「親の愛が分からんのか！？おま･･･ひでぶっ」
父親の悲痛な（笑）叫びは蛙の潰れるような声で突然途切れる。
「何をやっているんですかあなたは？」
何時の間にか母親が廊下に現れ、夫を睨みつけている。ちなみにその夫の顔には見事に命中した”お玉”が刺さっていた。
「あ、ただいま･･･久々に出たね、お母さんの”お玉アタック”。」
母親の必殺技である”お玉アタック”。主に父親相手に炸裂するこの技を綾は感心したように見ている。
「おかえり綾。ふふふ、腕はまだまだ衰えていないわよ。そうそう、貴方にも伝授しないとね。」
何でも母親の一族の女性だけに伝えられる技らしい。当然、娘になった綾も習得せねばならないとのこと。
「まあ何かの役には立ちそうだけど･･･」
”お玉”を顔に突き立てたまま気絶している父親を見ながら綾は呟く。
「ええ、か弱い女が、男達から身を守るために必要よ。」
いや少なくてもこの母親には必要ないと思った綾だが、そんな事を口に出すほど愚かでは無かった。
「・・・そうだねお母さん。」
心の中で父親に合掌しつつ綾はにこやかに笑って答える。傍目から見ると母親と娘の仲睦まじい姿がそこに展開されている。
玄関で顔に”お玉”を突き立てられて、身体をびくつかせている父親の存在を無視してだが。
とはいえ何時までも無視してられないので、突き刺さっていた”お玉”を抜き、活を入れて父親を復活させる母親。
意識を取り戻した父親は、怯えた表情で母親を見ていたが、もちろん彼女がそれを気にする事は無かった。
綾は一切その状況に口を挟まない。母親の不興を買いたくないし、これで父親が大人しくなってくれれば、と思ったからだ。
そして今、3人はリビングに移動し、母親の入れたお茶を飲みながら、互いの近況を報告しあっていた（主に母と娘のだが）。
例の如く、女同士の話だからと言う事で、父親は口を挟めないでいた。まあ綾としてはそんなつもりは無いのだが。
しかし女の子の身体になり、生活も男と違ってきたせいか、話題という点で母親の方が安心して話せるのだ。
特に女性特有の事となれば、男親に話すわけにもいかない。いくら元”男”とはいえ、綾もそれくらいは理解というか恥じらいはある。
男の頃はむしろ逆で、母親には距離を置く方だった。父親に対しては、まあ仲が良いというのも変だが、通じるものがあった。
今更ながら女の子になって自分の生活が大きく変貌した事を綾は実感せざるを得ない。親との関係ですらこうなのだから。
これが従姉の慧や中学時代の女友達である美智子になれば、今まであった男女の壁が消えてしまった分、変貌が大きかった。
二人とも同性という関係になったせいか、今まで抑えられてきたものが解き放たれ、綾が困惑するほどべったりになったのだ。
手を握ってくるなんてしょっちゅうで、腕を組まれたりもする。何かというと身体を密着してコミュニケーションしてくる。
これは学院の友人達（むろん女の子になってからのだ）でも、こちらは控えめにだがそういう事をよくしてくるのだ。
また女の子達は何かにつけてよく集団で行動する、食事や体育の着替え、そしてトイレへ行く時などで、綾にとっては不思議でしょうがない。
とはいえ綾も無意識に相手の身体に触りながら話していたり、皆で集まって一緒に行動していたりと、女の子してたりするのだが。
自分が男の時を振り返って思い出すと、確かに郎党を組む輩も居なくは無かったが、大概は単独行動する者が多かった気がする。
集まるとしてもせいぜい一人か二人くらいで、女の子達のように何か有ると皆で集まるという類ではなかったと思う。
そして綾（薫）が何時もつるんでいたのは････そう、『戸崎信一郎』だった。
「う･･･」
そこまで回想した所で綾は、先程の出来事を思い出してしまう。自分を助けてくれた信一郎の姿を。
「ふ〜ん････」
その姿に何かを感じた母親は、顔を自分の旦那に向けると、にこりと笑いながら言う。
「ねえあなた、タバコ買いに行きたくなったんじゃない？」
「･･･何を言ってるんだお前、そんな気は･････」
妻の顔を不思議そうな顔で見て答えていた夫はそこで言葉を切る。そしてだんだん恐怖に引きつった表情に変わってゆく。
「は、はい行って来ます。」
そう言うと上着を取りすごすごとリビングを出てゆく。その背中には哀愁が（笑）。
「･･･お父さんどうしたの？」
その姿に綾は不思議そうな表情を浮かべて母親を見る。
「気を利かせてくれたのよ･･･それに綾ちゃんもその方が良いでしょ。」
「え････？」
娘の驚く表情に母親が眼を細めて笑う。そう、何もかもお見通し、と言わんばかりに。
「綾ちゃん、何かあったんでしょう？顔に出てるわよ。」
「嘘･･･いやだ、お母さんたら。」
自分の考えている事が母親に分かってしまった気がして、思わず綾は顔を両手で覆ってしまう。
それだけ見ていると年相応の少女のような反応で、好ましく思った母親は肩に手を置いて綾の顔を自分の方へ向けさせる。
「ほら･･･話してみなさい。大概の事なら母さんが相談に乗るわよ、特に異性関係の事ならね。」
綾は嬉しそうな母親の態度に多少引っかかったが、取りあえず先程有った事を話してみることにする。
････自分が今抱いている感情の正体を知りたくて。