巫女遊撃隊

第五部NO.6


ホテルに戻った母親と綾は父親が戻るまでの間に、シャワーを浴び着替える。まあここで母親のボディーチェック(日焼けの確認)が入ったが。
ちなみに綾は日焼け防止のオイルを塗っていたのでそれほど日焼けはしていなかったのだが、念の為と言う事であちこちとチェックされた。
「日焼けした巫女さんなんてサマにならないからね。」
しかし母親の目を見ればそれだけでない事は明白で、バスルームでそれはもう身体の隅まで念入りにやられたのだった。
その後父親が戻って来て、やけに憔悴した娘と、嬉々としている妻に不思議そうな顔をしたが、あえて訊こうとはしなかった。
「母と娘の戯れですから。」
彼女のその一言と表情を見て流石に理解出来たからだが。ただ・・・
「・・・う〜む・・・うらやましい・・・」
「・・・・・・(泣)」
父親は思わずそんな言葉を漏らし、綾は情けなさで涙が浮かんでくるのだった。

「凄いね・・・これ・・・」
食事時間になり、食堂へ行った3人の前に並べられた料理。海の幸をふんだんに使った様々なメニューに綾は感嘆の声を上げる。
「そうだろう、そうだろう。」
父親は鼻高々だ、と言っても別に父親が作ったわけではないのだが。横で母親が呆れた表情していたのは言うまでもない。
とりあえず席に着き食事を始める一同。まずは飲み物、両親はビールで綾はもちろんジュースだ。
「はいお父さん。」
先程の約束どおり綾は父親にお酌してあげていた。
「うむ・・・!」
目尻がだらしなく下がり父親は満足そうだ。綾には何がそんなに良いのか分からないのだが、これも男親故のものだと思うことにした。
「綾ちゃん、私にも入れてくれるわよね。」
もちろん母親にもお酌させられた綾だった。その後乾杯をして、食事に取り掛かる。

「う〜ん美味しかった。」
部屋に戻りベッドに座ると、綾はそう言って満足そうにお腹をさする。何だか普段以上に食べてしまい、少々もたれ気味なのだ。
女の子になってからの綾の食事量は、男の頃に比べるとかなり落ちていた。良くて三分の二、悪くすると半分も食べれない時がある。
ただそのわりに、ケーキやアイスクリームなどは男の頃の倍以上食べるようになってしまった。
まあ食べる機会が増えたという点も有るのだが。学院ではお茶会となれば必ずクッキー(これが結構激甘)を食べるし、慧や美智子とは、何かと言うと女の子向きのケーキ屋に連れて行かれていたからだ。
とはいえ綾も甘いものは元々嫌いでは無いのでそれほど抵抗は感じなかった。薫の頃でも結構甘いものを食べていたからだ、まあ量は今より控えめだったが。
ある意味堂々と食べられるようになったわけで、この点だけは女の子になって良かったかも、と密かに思っていたりする綾だった。
ベッドの上で美味だった料理の余韻に浸っている綾を母親は隣のベッドから目を細めて見ている。一方、父親の方はホロ酔い加減でソファに寝ている。
そうして暫し休んだ後、いよいよ運命(?)の瞬間が訪れた。・・・お風呂の時間である。
「さあ綾ちゃん行くわよ。」
替えの下着を二人分用意すると母親はそれはもう期待に満ちた表情で綾に話しかけてくるが・・・
「・・・・・・・・」
綾はベットに横になって答えない。一見寝ているように見えるが、少々顔が引きつっているのが見れば分かる。完全に狸寝入りだった。
「寝ちゃったのかしら綾ちゃん?」
一応訊いているが、母親は綾が狸寝入りしている事を見抜いていた。顔に悪戯っぽい笑みを浮かべているのがその証拠だ。
「そうなんだ・・・残念ね。」
そう言いつつ母親はそっとベッド上の綾に近づいていく。綾は背を向けている為にそんな状況に気づいていない。
ススス・・・
「ひゃぁぁ!!」
突如背中を上から下へ何かが走り抜ける感覚が起こり綾は声を出してベッドから文字通り飛び上がってしまう。
「ふふふ・・・敏感ね綾ちゃん?」
してやったりと微笑む母親に、綾は涙を浮かべ睨みつけてくるが、両腕で身体を抱きしめ顔を赤くしている姿は、ある意味艶っぽくって迫力は無い。
「起きたところでお風呂に行くわよ綾ちゃん。嫌だなんて言わないわよね?」
綾に替えの下着とタオルを渡し母親は言う。
「べ、別に風呂なんか一日くらい入らなくても・・・・」
「何言っているの・・・今日海に入ったんだから綺麗にしなきゃ。シャワーじゃ完全に落とせていないんだから。」
何とか避けようとして反論する綾の言葉を、いともあっさりと跳ね返す母親。まあ口では勝てないのは分かりきっていることなのだが。
「さあさあさあ・・・」
「ひ、引っ張らないでよお母さん。」
有無を言わさずベッドから引っ張り出される綾。そしてそのまま背中を押されドアまで押されて行ってしまう。
「それじゃあなた、後宜しくね。」
ウィンクをすると母親は綾を連れて部屋を出てゆく。一方、父親は一連の母と娘のコミュニケーション(?)を見ながら悔し涙を流していた。
「うう・・・本当なら親子3人で一緒にお風呂だったのに・・・」
どうやらまだ諦めていなかったらしい。

「・・・本当に入るの?」
”婦人風呂”と書かれた扉の前で綾は、自分を此処まで引っ張ってきた母親に訊く。彼女にしてみれば不特定多数の女性と入浴など初めての事だ。
数ヶ月前まで”男”だった身としては何かとんでもない事をしでかそうとしているようで、非常に落ち着かない。たとえ今身体が”女性”であってもだ。
もっとも、そんな綾の葛藤などこの母親は相変わらず何処吹く風、と気になどしていない。娘と一緒にお風呂に入れる事が嬉しくてしょうがないらしい。
「大丈夫よ綾ちゃん。もっと堂々としていなさい、貴方は”女の子”なんだから。」
がらがら・・・
扉が開かれる・・・綾にとって未知への世界の扉が・・・・(笑)!
広い脱衣場だったが造りは神社の”巫女専用風呂”の脱衣場を思わせるものだった。ただそこと違ったのは、多くの女性がいる事だった。
それは当たり前の話で、綾達が入浴するのは巫女達が帰った後が多いからだ。ちなみに何故家のではなく巫女用を使っているのかと言うと・・・
要は他の二人が綾と一緒に風呂に入浴するには、家の風呂では小さすぎるので、広い巫女用を使うしかないという理由の為だ。
何しろどちらか一方と入ろうとすると、もう一方が納得せず毎回揉めてしまうので、それなら3人で入浴しようという事になったのだ。
但し綾は賛成した覚えなど無い。第一、揉めるぐらいなら一人で入った方が良いと主張したのだが、認められなかったのだ。
話が逸れた・・・とにかく見知らぬ女性達の姿に綾は固まってしまっていた。何しろ皆出るのではなく入浴するところなうえに、若い女性ばかりなのだ。
せめてもう少しお年の召したご婦人方なら多少の恥ずかしさは我慢出来たかもしれないが、これでは何だか何時もの悪夢が倍増した気分だ。
「ほら、そんな所に突っ立っていないでさっさと行きなさい。」
後ろから母親に促され綾は渋々脱衣籠のある場所に行くと、持ってきた下着やタオルを置く。しかしそこで動作は止まってしまう。
「何やってんの?早く脱がないと入浴出来ないわよ。」
横に来て同じように籠に下着やタオルを置きながら母親が言ってくる。綾は恨めしそうな顔で見るのだが。
母親は気にした様子も無く、早々と浴衣を脱ぎ始めている。綾は慌てて視線を逸らしたが、そのせいで隣に居てまさに脱ぎ終わっていた女性の裸体を見る羽目になった。
「・・・う・・・」
たちまち赤面して正面を向いて俯く綾。何か誤解を与えそうな動作だったが、幸いな事に相手の女性はそんな綾の様子に気づかなかったようだった。
そんな綾の横をその女性はタオルで身体を隠しながら通り過ぎる。実はこの時その女性が通り過ぎながら、綾の事をじっと見ていた事を本人は知らなかった。
いや、脱衣場に入って来た時から女性達は注目していたのだ、その清楚で神々しい美少女である綾の事を。
普通ならやっかみや嫉妬の対象になりそうなものだが、綾の神秘的な雰囲気に女性達もそんな気が何故か起きないのだ。
ちなみに綾は他人の身体を見ないようにするのが精一杯で、そんな視線に気づく処では無かった。ひたすら小さくなりながら浴衣を脱いでいる。
そして手早く下着も脱いでタオルで隠す。この一連の動作だけで気力の大半は使い尽くされた気が綾はしていた。
「・・・早く慣れた方が良いわよ綾ちゃん。」
苦笑いしながら母親が言うが、綾にはそう簡単に慣れそうもなかった。
何より自分の身体を動揺無く見れるようにならなければならないのだが。風呂や着替えの度にあたふたしているようでは当分それは望めそうもない話だ。
「でもまあ、その方がからかいがいがあるけどねえ。」
「お母さん・・・(泣)」
母親の本音を聞かされ綾は心底憂鬱になってしまうのだった。

風呂場に繋がる扉を開け、母親と綾は入ってゆく。立ち込める湯気の中、日焼けしたり白っぽかったりしている女性の裸体が有った。
出来るだけそれらを見ないようにしながら綾は、空いている洗い場を確保して座る。横には母親が座ってくる。もちろんそちらも見ないようにする。
洗面器に蛇口からお湯を満たし、タオルにボディソープを付け身体を洗う。風呂に入る前のマナーだ、いくら何でもいきなりは入らない。
周りだけでなく前にある鏡も見ないようにしながら身体を洗った綾は、そそくさと湯船に飛び込む。それもずっと隅の方で誰も居ない方を向いてである。
「何と言うか・・・器用ね綾ちゃん。」
同じように身体を洗い、綾の湯船の横に入ってきた母親が感心して(半分は呆れて)言う。座ってから湯船まで1分強だったからだ。
「そうでもしないと・・・恥ずかしいでしょ。」
母親の方を見ないようにしながら綾が答える。ちなみにタオルは湯船に入れないよう離れた所に置いてきたので、両手で自分の身体を抱き、縮こまって座っている。
しかしその姿の方が余計注目を集めるのに・・・母親は苦笑いしながら娘を見ている。何しろ綾のうなじと染み一つ無い白い背中を周りに晒している訳だからだ。
それは下手に真正面から晒すより魅惑的で、同性であっても見つめずには居られなくなるものだった。現に同じ湯船の女性達は綾に目を離せなくなっている。
これは母親として教えるべきなのかもしれないが、美しいものを愛でたい者としては、その姿を心ゆくまで堪能したいという気持ちもある。
だから暫く黙っておく事にした。まあ今教えたら卒倒しかねないだろうしね、と母親。・・・どちらかと言うと前者の理由が主なのは間違いないだろう。
「さて・・・そろそろ髪でも洗いましょうか、綾ちゃんは?」
「もうちょっと入っているから、先に洗っていて。」
丁度洗い場に数人の女性が居るので綾はもう少し待ってから洗い場に行こうと思い、母親に先に行ってもらう事にしたのだが。
「そう・・・入り過ぎてのぼせないようにしなさい。」
母親はそう言って湯船から出ると洗い場に向かう。だが綾はこの時母親と共に行くべきだったのだが。彼女がそれに気づいた時には最早手遅れだった。
「あの・・・あなた高校生?」
「え・・・?」
隣に誰かが並んできてそう声を掛けてきたので、綾は驚いてそちらを見てしまう。そこには二十歳くらいの、健康的に日焼けした女性が居る。
「あ・・わわ・・」
「・・・・?」
綾はお湯から半分出ている彼女の胸のラインをまともに見てしまい、泡を喰ったような声を上げてしまう。
「どうかした?」
「え・・・と、そうです。高校一年です・・・わわっ!」
どうにか視線をそこから逸らし綾は答えるが、向けた視線の先にも同じものを見つけてさらに動揺させられる。
「へぇ・・・女子高生なんだ貴方。それにしても綺麗な身体ね。」
何時の間にか別の女性が反対側に来て声を掛けてきていたのだ。そう、綾が見た同じものとは、隣に来ていた女性の胸だったのだ。
若い女性二人に囲まれ、綾は更に縮こまってしまう。何しろ左右見ても自分より豊かな胸(笑)が隠されもせず在るのだ。
恥ずかしさの一方、”大きくて羨ましい”なんて一瞬考えてしまい綾は衝撃を受ける。それはどう考えても男性が抱く感想ではないからだ。
「あらら・・・あんたが急に声掛けるから彼女怖がっているわよ。」
「何言ってんの・・・それはあんたの方でしょ?」
自分を挟んで急に揉め始めた二人の女性達に綾は慌てて止めに入る。
「あの・・・違います。ちょっと驚いてしまっただけですから。」
二人は暫し顔を見合わせると、プッと噴き出しくすくす笑い合うと、綾の両隣に先程よりも接近して座ってくる。
「あ・・の・・・?」
「ふふふ、別に本気で喧嘩しているわけじゃないから心配しないで。」
「そうそう、私達の何時もの戯れだからね・・・それにして良い子ね、気にいっちゃったわ。」
そう話しながら肩に手を掛けて顔を覗き込んでくる二人の女性の視線に、更に恥ずかしさが募って俯いてしまう綾。
「わあ・・・容姿に違わず初心(うぶ)な子。今時珍しいわね。」
「ほんとね。何だか新鮮だわ。」
にこにことしながら綾を見る二人。しかし本人にしてみればただ恥ずかしいだけで、別にそんなつもりはないのだが。
だが二人ともそんな綾を気に入った様子で、今や肌と肌が接触する程まで身体を寄せてくるのだった。
その後暫く、綾はその二人とのおしゃべりに付き合わされる事になった。しかも同じ湯船にいた他の女性達も加わって来て更に賑やかになりながら。

だがこの時、とんでもない事態がすぐ近くで進行していた事を、神でもない綾に知る由も無かった。

ガタン!!

突如響く何かが倒れる物音に、風呂場内に居た女性達は一斉にその音がした方を見る。そこには・・・一枚の扉があった。

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