僕はウェイトレス？

「似合いますわー、ナツキちゃん。」
青のワンピース、白いエプロン、頭のカチューシャ、足元は白のストッキング。
しかしそれはブルーウィンドのウェイトレスの制服ではなかった。
「あ、ははは・・・。」
引きつった笑みを浮かべる夏樹。
「本当ですね、恵理香お嬢様。」
「とても素敵ですよ、ナツキ様。」
周りにいる夏樹と同じ様な格好をした女性達もはやしたてる。
（なんでこうなるんだ〜。）
なぜこうなったのかを思い出しながら嘆く夏樹だった。

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夏休みもいよいよ後半に入った頃。
プールで華麗なデビュー（笑）をはたしたナツキの人気は高まることはあれど無くなることはなかった。
最初の頃は近隣の中高生のアイドルだったが、今では町のアイドルとなっていた。
これによりブルーウィンドの売上はさらに上昇し、バイト・従業員に臨時ボーナスが出たほどだった。
また、コンテストの舞台になったプールもその時の写真を掲示したこともあり入場者がうなぎのぼりだった。
町を歩けばサインを求められたり、写真を撮られたり（一緒に撮って下さいと頼まれることもあった）。
さらに悩みの種が増える夏樹だった。
そんなある日、夏樹は仕事を終えて着替えている時に声を掛けられた。
「ナツキちゃん、今度のお休みに私の家に遊びにいらっしゃいませんか。」
夏樹と一緒に着替えていた恵理香だった。
「え、恵理香さんの家にですか？」
彼女の着替えを見ないようにしていた夏樹はそう言われて彼女の方を見てしまい、慌てて目をそらす。
ここで他のウェイトレスたちと一緒に着替えるようになってだいぶたつが、やはり慣れない夏樹だった。
「はい、是非来て頂きたいのですが。」
恵理香はそんな夏樹に気付かず、下着姿のまま手を前に組み頼み込んでくる。
「いや、まあ構いませんが。」
目をそらしながら答える夏樹。
「よかったです。」
嬉しさのあまり抱きついてくる恵理香。
「ちょっと恵理香さん・・っ。」
下着姿の女性に抱きつかれ真っ赤になる夏樹だった。

それから２日後のある日。
夏樹は恵理香の家に行く為、指定されたバス停に降り立っていた。
恵理香の話ではそこから道一本入った所が家ということだった。
あまり来たことの無い所だけに周りを珍しそうに見る夏樹。
ちなみにここまで来る間に何度も声を掛けられていたのはお約束だったが。
道を曲がり暫く歩いた夏樹は出た所で左右何処までも続く壁にぶつかる。
「へ・・・？」
夏樹は左右見渡して困惑した表情を浮かべる。
（なんか凄いけど、これって家の壁か？）
だとするとこの家はかなりの広さを持っていることになる。
（恵理香さんって、もしかして大金持ち・・・。）
考えてみれば夏樹は恵理香のことをよく知らなかった。
話し方からお嬢様な感じはしたが、本当にお嬢様だったようである。
とにかくここで考えこんでも仕方がないので、ちょうど通りかかった女子学生に道を聞く夏樹。
「えっと、牧瀬さんのお宅は・・・？」
「きゃー、ナツキさんだ。」
「ほんと、話し掛けられちゃった。」
しかしあまりの反応に引いてしまう夏樹。
（やめておけばよかったかな。）
夏樹はそう思ったが約束の時間が迫っており仕方がなかった。
「あのー、聞いているかな・・。」
「あ、ごめんなさいナツキさん。ここを行った先です。」
舞い上がっていた少女が慌てて答える。
「いえ、ありがとう。それじゃ・・・。」
笑顔で答える夏樹に真っ赤になる少女達。
そんな反応に戸惑いながら軽く会釈して歩き始める夏樹。
そんな夏樹の後姿を見送った少女達は感嘆したように話し始める。
「本当にすてきな女性よね。」
「うん、憧れちゃうよね。」
相変わらず自分の自覚のない行動がもたらすものに気付かない夏樹だった。

言われた方に１０分行った所でようやく壁の途切れた場所に辿りつく。
だがそれを見上げて夏樹は唖然としていた。
なにしろそれは立派な玄関だったのだから。
いやむしろ時代劇に出てきそうな屋敷の門と言った方がよかった。
気を取り直し、夏樹はインターフォンらしき物に向う。
そのインターフォンも小さな画面付きの物だった。
ボタンを押すと画面が付き女性の顔が映る。
「はい、どちら様でしょうか。」
「あ、えっと僕は木村夏樹といいます。恵理香さんと約束していたのですが。」
丁寧に話し掛けられ、何故か夏樹も丁寧な言葉を返してしまう。
「はい、お聞きしております。暫くお待ち下さい。」
画面が消えて数分後、大きな門の隣にあるドアが開かれて女性が出てくる。
その姿を見て夏樹は驚いた顔をした。
スカート丈の長い青のワンピースに白いエプロン、そして頭のカチューシャ。
ブルーウィンドのウェイトレス服に似た格好の姿はまさにメイドさんだった。
「いらっしゃいませ、ナツキ様。」
そのメイドさんは深々とお辞儀をして挨拶してくる。
「はい、どういたしまして。」
思わず緊張してしまい同じ様に（？）返してしまう夏樹。
「恵理香様がお待ちです。こちらへ。」
そのメイドさんに案内されドアから中に入る。
夏樹はそこでまた固まってしまう。
そこは広い庭園であり学校のグランド並みに広かった。
門からは道がその庭園を突っきって屋敷まで伸びており、まるで外国映画でよく見る大邸宅みたいだった。
夏樹は圧倒されながらメイドさんの案内で屋敷に向う。
その屋敷にも１０分かかって到着すると夏樹は３度目の硬直を体験するはめになった。
なんと言うか本当に映画に出てくる貴族の屋敷みたいに立派なものである。
その屋敷の入口には２人のメイドさんが立って夏樹達を待っていた。
「いらっしゃいませ、ナツキ様。」
そのメイドさん達も深々とお辞儀をし、丁寧な言葉で出迎える。
おかげで夏樹はさっきから緊張しっぱなしである。
（うーん、何か場違いな場所に来たような・・。）
「どうぞ。お嬢様がお待ちです。」
必要以上に豪華な扉をメイドさんが開けて、夏樹を中に招く。
軽く会釈してうやうやしく頭を下げるメイドさん達の前を通って夏樹は屋敷の中に入る。
そこもまた豪華なシャンデリアが下がり、運動の出来そうな広さの玄関（？）だった。
夏樹はもう驚く気にもならなかった。
「ナツキちゃんいらっしゃい。」
正面の階段の上から恵理香の声がする。
見ると赤いドレスに身を包んだ恵理香が微笑みながら下りてくる。
それはまるでどこかのお姫様のようである。
「あ、おじゃまします。」
一般的な庶民の夏樹はもう圧倒されっぱなしである。
「来て頂いて嬉しいですわ。」
何時ものウェイトレス姿と違い今は気品に溢れている。
「ではこちらへ。貴方たちお茶の準備を。」
「はい、お嬢様。」
恵理香がそう言うと、夏樹の後ろにいたメイドさん達は深々とお辞儀して下がって行く。
恵理香と夏樹はそのまま階段を上り、これまた映画に出て来る様な長い机がある広い部屋に入る。
その机の端の方に座る恵理香と夏樹の二人。
やがて先ほどのメイドさん達が入って来て、お茶の準備を始める。
そんなメイドさん達に恵理香が話し掛ける。
「お爺様にはナツキちゃんが来たことはお伝えしたかしら。」
準備していたメイドさんの一人が振り向いて答える。
「はい、もうしばらくしたらいらっしゃるそうです。」
恵理香さんは頷くと夏樹の方を見る。
「あの、お爺様って・・。」
夏樹は気になって恵理香に聞く。
「はい、実は今日来て頂いたのはそれがあるのですわ。」
そう言って入れられたお茶を口に運び恵理香が答える。
「ナツキちゃんに是非会いたいとおっしゃっておりまして。」
夏樹は驚いた顔をして聞き返す。
「会いたいって、いったい何で・・」
恵理香が答えようとした時、部屋の扉を開き一人の男性が入ってくる。
それはスーツを着た６０歳ぐらいの老人だった。
老人は恵理香に頷くと机の前の方の席に着く。
「よく来てくれたね。私が恵理香の祖父の牧瀬耕造です。」
座った老人はそう言って自己紹介する。
「木村夏樹といいます。恵理香さんにはお世話になってます。」
夏樹は姿勢を正すと耕造に挨拶する。
とても老人とは思えないしっかりした姿勢と声に夏樹は驚く。
「いや、うちの恵理香の方こそ世話になっている。それに・・。」
耕造はそう言って夏樹を正面から見る。
「君には孫以外に助けられたしな。」
不思議そうな顔をする夏樹に恵理香が答える。
「お爺様はブルーウィンドとブルーシーのオーナーなんです。」
ブルーシーは前回コンテストの行われたプールのことだ。
衝撃の事実に夏樹は一瞬何を言われたのか分からなかった。
「オ、オーナーって、それじゃ恵理香さんてオーナーさんのお孫さん・・。」
恵理香は恥ずかしそうに俯く。
「知らなかったな、恵理香さんが・・・。」
夏樹は心底驚いた表情で言う。
「このことは他の皆さんには言ってませんわ。」
恵理香はそう言って夏樹を見る。
「話すのはナツキちゃんが初めてですわ。」
その表情は何故かつらそうに見えた。
「え、どうしてなんですか？」
恵理香に聞いた夏樹だったが、それに答えたのは耕造だった。
「それを話せば周りの者がオーナーの孫ということで距離を置いてしまうかもしれないからだよ。」
耕造はそう言って孫娘を見る。
「だが今回、そのことが分かってしまうかもしれんが、私が無理を言って連れて来てもらったんだ。」
思わず俯いたままの恵理香を見る夏樹。
「孫には悪いことをしてしまったかもしれん。」
そういって今度は夏樹を見る耕造。
「騙した訳ではないんだ、許してやってくれないかね。」
夏樹はそんな耕造の目を真っ直ぐに見詰め返すとはっきりした声で答える。
「いえ、気にしてはいません。」
そう言ってニコリと笑い恵理香を見る。
「それに恵理香さんは恵理香さんです。オーナーのお孫さんとかは関係ないですよ。」
夏樹のその言葉にぱっと表情を明るくして恵理香が顔を上げる。
「ナツキちゃん・・・。」
恵理香は潤んだ目で夏樹を見る。
「そうか、ありがとうナツキくん。君みたいな友人が出来て私も嬉しく思っている。」
耕造は改めて姿勢を正すと夏樹に頭を下げる。
「そ、そんな当然のことですよ。」
大企業のオーナー（しかも町の名士）に頭を下げられて夏樹は恐縮してしまう。
今思い出したが牧瀬といえば町の大地主であり、市長でさえ意向を聞きに来ると言われる存在だ。
（何か凄い人たちと知り合いになったな。）
夏樹は驚きの連続に思わず苦笑いしてしまった。

しばらくコンテストや恵理香のバイト先での話題で話していた３人だが、
耕造はこの後予定があるということで夏樹に改めて礼を言うと部屋を辞していった。
残った二人はそのままお茶を飲みながらしばらく話を続けていた。
「ナツキちゃんに話せてよかったです。」
恵理香はほっとした表情で話す。
「でも皆にも話しても大丈夫だと思うよ。」
夏樹はそう言って恵理香に笑いかける。
「クリスさんをはじめ、皆そんなこと気にする人たちじゃないからね。」
恵理香は頷く。
「そうですね、ナツキちゃんがそう言うなら。」
「はは、そうだよ。大丈夫・・あっ！」
その時夏樹は手を滑らしカップを自分の服の上に落としてしまう。
「あちち・・・。」
思わず飛び上がってしまう夏樹に慌てる恵理香。
「きゃーナツキちゃん。」
そんな事態にメイドさん達がすぐさまタオルを持ち出してきてテキパキと処置を始める。
「大丈夫ですよ、お嬢様。」
メイドの一人はそう言って恵理香を安心させる。
「そうそう、大丈夫。ちょっと驚いたけどね。」
夏樹もそう言って笑ってみせる。
「ただ服がね・・。」
履いてきたスカートはびしょびしょでとても着ていられない。
「それでは私の服を・・・。」
そこまで言って恵理香の言葉が止まる。
「いえ、それよりいいものがありますわ。」
恵理香は満面の笑みを浮かべると夏樹に言う。
「ナツキちゃん、メイド服を着てみませんか、いえ着てみるべきです。」
目をキラキラさせ、夏樹の両手を掴んで迫ってくる恵理香。
「メ、メイド服ですか。いくらなんでもそれは・・・。」
その時夏樹は周りからの視線に気付く。
思わず周りを見た夏樹はメイド達が期待に満ちた目で見ていることに気付く。
「えーと、皆さん？」
夏樹は身の危険（笑）を感じて後ずさる、が肩を恵理香に掴まれる。
「さあ、行きましょうナツキちゃん。」
恵理香とメイド達に連れて行かれる夏樹。
「ちょっと待って恵理香さん。ちょっと〜。」
空しく響くだけの夏樹の絶叫だった。

「似合いますわー、ナツキちゃん。」
青のワンピース、白いエプロン、頭のカチューシャ、足元は白のストッキング。
典型的なメイド服に身を包む夏樹。
「あ、ははは・・・。」
引きつった笑みを浮かべる夏樹。
「本当ですね、恵理香お嬢様。」
「とても素敵ですよ、ナツキ様。」
周りにいる夏樹と同じ様な格好したメイド達もはやしたてる。
しばらくの間、夏樹のメイド服の品評会が続いたのだった。

服が乾き元の格好に戻りほっとする夏樹（周りは残念がったが）。
その後、夕食を恵理香と共にしてから帰宅したのだった。
ちなみに帰る時は恵理香とメイド達一同に見送られた夏樹だった。
そして・・・。
ドアを叩く音に、執務中だった耕造は顔を上げる。
「何か用かね。」
この時間はめったなことでは誰かが訪ねてくることは無いはずだった。
「お爺様、お話があります。構いませんか？」
その声は恵理香だった。
「恵理香か、まあ構わんが・・。」
恵理香がこの部屋に訪ねてくることなど今まで皆無だったので耕造は驚いた。
ためらいがちにドアが開き恵理香が入ってくる。
「どうしたのかね、恵理香。」
耕造の前に立った恵理香は背筋を伸ばすと話し始める。
「今日はお願いがありまして、・・・ナツキちゃんのことです。」
「ナツキくんの・・・、何かあったのかね。」
耕造はそんな恵理香の顔を見詰めて聞いてくる。
「はい、実はナツキちゃんには大変な問題があるみたいで。」
そう言って恵理香は夏樹がとある事情で男として生活していることを話し始めた。
「なんとそれは・・・。」
耕造は驚いた。
（あんな美しくて聡明な女性がなんと不憫な。）
「ですからお爺様の力で何とかナツキちゃんを助けてあげられませんか。」
耕造は腕を組んで考え込む。
「ふむ、女性が女性として生きられないとは問題だな。分かった、任しておきなさい。」
力強く頷く耕造に恵理香は表情を明るくする。
「はい。お願いしますわ、お爺様。」
お礼を言い、部屋を出て行く恵理香。
それを見ながら耕造は電話を掛ける。

御崎高校・理事長宅。
「はい、これはこれは・・ご無沙汰しております。はい・・・。」
「そうですか、分かりました。彼女は我が校の誇りです。
それにそのようになっているのなら是非正さなければ。」
「生徒の幸福の為なら、なおさらです。」

市長宅。
「それは何と・・・。彼女は私達市の誇りであるとともに私の孫にとっても恩人です。」
「・・・はい、お任せください。私も協力を惜しみません。」

夏樹の自宅。
「そうなんです。親の私が不甲斐ない為に・・・ご迷惑を。」
「そんな、いくらなんでもそんな迷惑を掛ける訳には・・・。」
「はい、ありがとうございます。あの子も幸せです。こんなに皆さんに思って頂けて。」
「ではそのように。後日お伺いいたしますので。」
電話を切る夏樹の母親。
その顔に浮かんでいる表情を夏樹が見れなかったのは幸運だったのかもしれない。
こうして事態は夏樹の知らない所で進んで行くのだった。

夏休み終了まであと２週間。
夏樹の運命は決まろうとしていた。