正義のミカタ

「美咲、今度の土曜日うちに来ない？」
学校からの帰り道、和ちゃんが話しかけてきた。
「え？ホント？でも、またなんで急に？」
「うん、昼休みに話したよね」
話したことといえば、学級新聞のことと、自分の身は自分で守ろうってことと、和ちゃんの家族の職業よね…。
「お母さん、土日は趣味で空手やってんのよ。で、美咲も一緒にどうかなぁ、て」
「空手…かぁ…」
和ちゃんが結構強いのは、お母さんと一緒にやってるせいかしら…？
「できるかなぁ、私に」
「大丈夫だよぅ、私がやってんだから」
やっぱり…。それに和ちゃんの"私がやってるから"ってセリフはあまり説得性がないのよね…。
「あの…和ちゃん、一応聞いてもいいかな？」
「なになに？遠慮しないで聞いて聞いて」
「和ちゃんのお父さんって何やってる人？」
「え？普通のサラリーマンだけど？」
そう、よかった…
「って、美咲、お父さんの職業が何か関係あったっけ？」
「あ、う、うん…ホラ、お父さんのだけ聞いてなかったから、何してる人かなぁ…て」
「ふ…ん？」
「あ、もちろん、土曜日、遊びにいくわよ。誘ってくれたの初めてだし」
「うんっ。じゃぁ、また明日ね」
足は家路に向かい顔は私に向けながら、片手を挙げて駆けていく和ちゃん。
私も和ちゃんの手に応えながら思っていた。
和ちゃんの家族って普通……なんだよね？

☆　　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

そして約束の土曜日。
午後２時、和ちゃんの家を訪ねた。和ちゃんに言われたとおり、バッグに着替えのトレーナーを詰めて。
え…と…、あ、「高梨」…ここね。２階建ての普通の家だわ。
…って、当たり前よね。何心配してるんだろう。
（ピンポ〜ン♪）
「はいはーい」
和ちゃんの声と同時にドアが開いた。
「わぁっ？！」
「あ、ゴメン、ビックリした？」
既に柔道着に着替えている和ちゃんがそこにいた。
「和ちゃん…もしかして、玄関で待ってたの？」
「うん、だって、美咲はいつも時間に正確だから。
さ、入って入って。稽古場は地下室にあるの」
「う、うん」
地下室…って、まるで秘密基地みたい…。
玄関を入ってすぐ脇に地下室への階段があった。　
階段を下りると、すぐ目に付くのが襖。その横にドアがある。
「こっちのドアはシャワー室兼更衣室。まずはここで着替えてね」
「うん」
私はトレーナーに着替えた。

襖を開けると、中は２０畳ほどの和室があった。
窓から光と風が……あれ？
「ここ、地下室よね…？」
「え？…ああ、この窓の外ね。ドライエリアっていうんだって。暗くてジメジメってイヤだからね」
う…ん、…ま、そうだけど、だったら別に地下室にしなくても…。
「いらっしゃい。待ってたわ」
「？」
いつからそこにいたのか、部屋の奥には柔道着姿の女性が一人正座している。
その人は立ち上がると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「あなたが佐藤　美咲ちゃんね。和子から話は聞いています。
いつも娘がお世話になっているそうで」
「い、いえ。こちらこそ、お世話になってます」
この人が和ちゃんのお母さんね。やさしそうで、ごく普通のお母さんって感じ。よかった
…って、さっきから何心配してるの、私ってば…。
「では、早速始めますよ」
「あ、あの、お母さん。美咲は初心者だから、急には…」
和ちゃんがかばってくれた。私、運動オンチだからな…。
「それぐらい、わかっています。私を誰だとお思い？」
和ちゃんのお母さんの目がキラーンと光った。
…って、え…？な、なんかイヤな予感…。そういえば、お母さんから妙な空気が感じられるんだけど……、さっきのやさしさは、どこへ…？
「まずは、軽く準備運動。急にやると、筋を痛めますからね。」

２０分後。
「ね、ねえ、和ちゃん。これって、ホントに軽い準備運動…？」
「う、う…んと、ま、普段よりは軽い…かな…」
「そこっ！無駄話しないっ！」
……だって、腕立て伏せ５０回から始まって、腹筋５０回、背筋２０回、スクワット２０回…て、
これじゃあスポーツ選手か自衛隊の訓練みたい…。
「このあと、ダッシュ１０本。それから組み手の基礎にはいります」
ダッシュ…て、畳の上でですかぁ？もう汗ビッショリですぅ…。

………………………
…ようやく、組み手の基礎を終えた頃には、６時をとっくに過ぎていた…。
もう、ヘトヘト…。
「お疲れさまでした。
…美咲ちゃん、初めてにしては、よくがんばりましたね。また、一緒にやりましょう。今度は、護身術の極意をお教えしますわ。」
和ちゃんのお母さん、最初のやさしそうな感じに戻ってる…。
「美咲、今度いつにする？」
え？え、ええっと…。
「…遠慮します…」
…なんて言ったら、嫌われちゃうかな、やっぱり。ここは無難に黙ってよっと。
「そういえば、お腹すいたんじゃないかしら？今から夕御飯にしますけど、美咲ちゃん、食べていきます？」
「え？いいんですか？」
「うん、そうしなよ、美咲。汗もかいたことだし、シャワーでも浴びてさ。お家には、電話しとけば大丈夫でしょ」
「う、うん、大丈夫だと思うけど…」
「では、夕御飯の準備をしてきますから。ごゆっくりね」
和ちゃんのお母さんは、１階に向かっていった。
やさしいんだか、怖いんだか、よくわからない人だったな。
「じゃあ、お家に電話して、それから汗を流して、さっぱりしようね」
「あ、あの、和ちゃん…」
「ん？何？」
「和ちゃんのお母さんって、いつもあんな感じ…？」
「そうだよ」
…あっさりだなぁ。
「ま、美咲がいたせいか、トレーニングのメニューは簡単だったけどね」
あ、あれで『簡単』なら、普段のメニューって、どんなものなの…？
「美咲…？今日の基礎メニューじゃ、物足りなかった？もっと本格的な空手の方がよかった？」
「あ、う、ううん。大丈夫よ。私には今日ので十分」
あれ以上やったら、倒れそうだわ……。

☆　　☆　　☆　　☆　　☆　　☆

シャワーを浴びた私たちは、普段着に着替えて１階へ上がった。
キッチンでは和ちゃんのお母さんが、揚げ物をしている。
今日の夕食のメニューはとんかつかしら？私はエビフライの方が好きだけど
…って他人の家でそんなこと言えないわよね。
「できあがるまでリビングで待っていてちょうだい」
「はぁ〜い」
お母さんの声で隣のリビングに向かった。
「あれ？お父さん」
リビングには既に先客―和ちゃんのお父さん―がいた。お風呂からあがったばかりなのか、パジャマ姿で頭からタオルを巻いている。
「…美咲が来てるのに恥ずかしい格好しないでよ……」
「何を言っとる？いつもと同じではないか。
え…と、美咲ちゃん…だっけ、美咲ちゃんとこのお父さんも同じようなもんだろう？」
「は…はい…」
うちのお父さんは、お風呂あがりでは、Ｔシャツ姿で首からタオルを巻くのが多いけど。
テレビがついていたが、内容はいつも放映されているのとは違っていた。どうやらビデオを見ていたらしい。
「お父さん、またいつものビデオ？」
「ああ、土曜の番組もつまらなくなったからな、以前は『暴れん坊将軍』をやっていたのに」
「美咲はいつもどんなの見てるの？何ならお父さんにチャンネル権譲ってもらうけど」
「わ、私のことは気にしなくていいわよ」
変なビデオじゃなきゃいいけど、まさかそうじゃないわよね…。
よく観察するようにビデオを見てみた。


「控えおろう、この紋所が目に入らぬか｣
「ははー」

…『水戸黄門』？しかも黄門さま役は初代の…誰だったっけ？
かと思ったら

（ぽん、ぽんぽん、ぽぽん）
「桃から生まれた桃太郎」

え？何で急に『桃太郎侍』が？

「おうおうおう、この金さんの桜吹雪、散らせるもんなら、散らしてみやがれ」

こ、これは…『遠山の金さん』？しかもこれまた初代の………誰？


「和ちゃん、このビデオって…？」
「お父さんが自分で好きなところを編集したのよ。美咲から見ればつまらないんじゃないかなぁ？」
「う…ん、つまらないっていうより…」
これ、みんなハイライトシーンばっかりよね。話がつながってないから、よくわからないんだけど。
「私から見れば、懐かしいんだけどね」
「懐かしい？」
「うん、子供の頃からお父さんと一緒に見てたからね」
「そうだろう、懐かしいだろう。やはり日本人には勧善懲悪な話が一番だよな、うんうん」
って、あら…お父さん、ビールを片手に既に自分の世界に入っちゃってる…。
……もしかして、和ちゃんの『正義の味方』ぶりは両親の影響で…？
「お待たせー、夕御飯できましたよー」
お母さんの声が台所から聞こえた。
「美咲、ご飯食べよ」
「え、う、うん…」
食卓へ向かう私たちの背後で別の映像が流れはじめた。

「これにて一件落着」



やっぱり、和ちゃん家って
な、なんか違うぅぅぅぅぅ。（美咲、心の叫び）