トワイライトクライシス

しばらく走った後に４ＷＤ車は小高い丘に止まり、エリカ達はそこで休憩することにした。
弱いながら日が十分に昇るころ、朝食を摂る。
「眠れたかしら？」
エリカはコーヒーを飲みながらユーリーに聞く。
「あ、はい。何とか････」
ユーリーは食べていたカンパンを一旦口から離し答える。
「ったく･･･エリカと旅に出ると大概こうなるんだよな。」
ロベリヤが食後のタバコを吹かしながら言う。嫌がっている内容のセリフだが本心はそうではない。
「この時代に平穏な旅をしたいなんて贅沢よ。」
エリカはそう言ってコーヒーを飲み干す。確かに平和な生活をしたいなら街の外に出ようなんて考えないだろう。
「まあそうだろうな。そういうことを考える人間はうちらみたいな商売しないしな。」
タバコを投げ捨ててロベリヤが自嘲気味に言う。好き好んで苦労の多い旅をする人間はハンターを除けば商人達くらいだろう。
「私のいる街でも生涯で外に出る人は限られていました。」
ユーリーはコーヒーカップを両手で持ち２人に話す。
「･･･それが当たり前なんですよね。」
「そうね･････」
エリカは頷くと立ち上がる。そのまま４ＷＤ車に向かいドアを開け車内から地図を取り出す。
「さて、これからのコースだけど」
戻ってきたエリカは地図を拡げて２人を見る。
「最短を行くならこの先の谷を通らなきゃならないわ。」
手書きの、しかも特徴的な字体で書かれた地図は他の人間には分かりずらい。
その分かりずらい地図を見ながらロベリヤが言う。
「なるほど、それはかなり厄介な所みたいだな。」
そう、こういう所は例外なく連中の巣になっている、オーガー達の････
「これを避ける為に谷を迂回すると１日はロスすることになるわ。」
「それは避けたいですね。でも危険も冒せないし。」
エリカの言葉にユーリーが答える。時間は惜しいが危険を冒すべきか････
「まあオレ達は雇い主の意向に従うぜ。決めるのはアンタだ。」
ロベリヤは二本目のタバコに火を付けて言う。ユーリーは地図を見ながら考え込む。
「エリカさん達はここを突破できますか？」
そんなユーリーの言葉にエリカとロベリヤは顔を見合わせる。
「不可能とは言わないわ。一度通ったことはあるから。」
地図のその地点を指でなぞりながらエリカが答える。
「もっとも、その時オーガーはほとんど出なかったけど。」
あれからだいぶ経つのだ。その時のようにいくかどうか。エリカには分からなかった。
「薬を待っている街の人たちを考えると、出来るだけ急いでほしいんです。」
ユーリーは２人を真剣な表情で見ながら言う。
「無茶は承知です。私のことならご心配されなくても大丈夫です。」
「なるほど････分かったわ、貴方がそう言うなら行きましょう。」
ユーリーの言葉にエリカが頷く。ロベリヤも肩を竦め承諾する。
「ありがとうございますエリカさん。」
にっこり笑うユーリー。エリカは今さらながら彼女の度胸に感心する。
「礼はいいぜ。しかしアンタいい度胸しているよ。何ならハンターになればいいのにな。」
同じことを思ったのかロベリヤがユーリーに笑いながら言ってくる。
「そんな････私にはお二人のような銃の腕なんかありませんよ。」
ロベリヤの言葉にユーリーは両手を振って苦笑いして答える。
「それは残念だわ。･･･さてそろそろ行きましょうか。」
エリカが答え立ち上がるとロベリヤとユーリーも続いて立ち上がる。
朝食の後片付けをして３人は丘を出発した。

日が中天に達するころ３人は谷に到着する。気温は相変わらず上がらず肌寒い。そして谷はそれ以上に肌寒い印象を抱かせる。
道は辛うじてあるが亀裂が入っていたり妙に盛り上っていたりしている。そして地面や谷の壁には無数の穴。
「こりゃ前に来た時より酷くなってるわね。」
４ＷＤ車から降り双眼鏡で谷を見ていたエリカが呟く。ロベリヤもユーリーも無言だ。
荒れ果てた谷、それだけで憂鬱に思わせるものがあった。
三人はしばしその光景を見詰める。
「さて････こうしていてもしょうがないわ。」
双眼鏡を下ろしエリカは二人を振り向いて言う。
「準備してロベリヤ。」
「ああ。しかっし、こりゃ手を焼きそうだな････」
ロベリヤは４ＷＤ車の後ろに回りこみ後部ドアを開く。中から自分のライフルを取り出す。
「まあ最初から分かっていたことだけどね。」
エリカもそう言って４ＷＤ車の後ろに来ると車の中からサブマシンガンを引っぱり出す。
マガジンを一旦外し装弾を確認してまた装着する。レバーを引きサブマシンガンを作動状態にする。
「そりゃそうだ。」
ロベリヤも同様に自分のライフルを作動状態にしながら言う。
「さて覚悟はいいかしら？」
後部ドアを閉じながらエリカはユーリーを見る。流石に彼女も緊張を隠せないようだった。
「はい。」
頷くユーリー。エリカはにこっと笑うと肩を叩く。
「安心して････必ず貴方を街に連れて行くから。」
３人は再び４ＷＤ車に乗り込む。運転するのはエリカだった。
「じゃ行くわよ２人とも･･･」
ギアを入れ４ＷＤ車を谷に乗り込ませるエリカ。出来るだけ亀裂や盛り上っている部分を避けて前進させる。
車内は静かだった。ロベリヤは窓を開けライフルを地面や壁の穴に向けている。
しばらくは何も起こらなかった。しかし穴の中から４ＷＤ車を見詰める敵意はひしひしと感じる。
やがて前方の穴の中からオーガー達がぞろぞろと出てき始める。
「どうやらお出迎えの準備が整ったみたいだぜ。」
ロベリヤがライフルの照準を付けながら言ってくる。
「行くわよ！」
エリカがアクセルを深く踏み込み４ＷＤ車を加速させる。車はたちまちオーガー達に接近する。

『ギャー』

四方から襲い掛かるオーガー達。次の瞬間ロベリヤのライフルが火を噴き何匹かを吹き飛ばす。

ダン

一匹のオーガーがボンネットに飛び乗ってくる。キバを剥き出し唸る。
「どきなさい！！」
エリカがサブマシンガンを窓から突き出しボンネット上のオーガーに向けて発射する。
弾丸を受け、すっ飛ばされるオーガー。だが次々にボンネット上に乗ってくる。
４ＷＤ車を蛇行させ振り落とそうとするエリカ。そのうちの一匹が助手席の窓に張り付いてくる。
「邪魔だ！どけ、この野郎！」
ロベリヤはライフルを振り回しオーガーを叩き落とす。

バンバン

残ったボンネット上のオーガーをエリカが次々と打ちまくる。運転しながらの射撃ながら、的確に命中させ４ＷＤ車から叩き落す。
「･････」
ユーリーはリアシートに座り、耳を塞ぎながらひたすら耐えている。
４ＷＤ車はオーガー達を何匹か轢き殺しながら群れの中を突っ切って行く。
それでも何匹かのオーガーが４ＷＤ車によじ登ってくる。うち一匹が天井から運転席に迫って来る。
そのオーガーにサブマシンガンを向けるエリカだったが････

ガチ

弾丸が尽きる。
「ち！」
サブマシンガンをリアシートに放り投げ、拳銃を構えるエリカ。
キバを向け運転席に入り込んできたオーガーに至近距離から弾丸を叩き込む。
「まだ谷を出られないのか？」
同じく、ライフルの弾丸を撃ち尽くし拳銃でオーガーを撃ち始めたロベリヤが叫ぶ。
「あともう少し････」
フロントガラスに張り付いた一匹を弾丸とワイパーで除去したエリカが答える。
前方が開けてくる。４ＷＤ車はそこに向けてさらに加速する。
「つかまっていて！」
エリカが叫ぶ。４ＷＤ車は谷の出口からジャンプして飛び出す。
次の瞬間激しく着地し衝撃で４ＷＤ車に乗っていたオーガー達が振り落とされる。


日は傾きはじめていた。
エリカはしばらく走ってから４ＷＤ車を止める。
「ふう････どうやら抜けたようね。」
「ああ････そうらしいな。」
エリカとロベリヤは顔を見合わせると力なく笑う。
「終わったんですか？」
ユーリーがリアシートから話し掛けてくる。
エリカはユーリーの方を振り向くと答える。
「ええ････終わったわ。」
そう言って前を向き座席にもたれかかる。
「もう一度やれと言われても断るけどね。」
「そりゃ言えている。オレもお断りだね。」
ロベリヤが肩を竦めて頷く。
「そうですね････」
ユーリーもそう言って頷く。
３人の間に暫く沈黙が落ちる。
「とりあえず行きましょうか････」
気を取り直しエリカはハンドルを握る。
「目的の街はもう目の前よ。日が落ちるまでに着きたいからね。」
４ＷＤ車は動き出す。