トワイライトクライシス

暗闇が支配する街の中をエリカは疾走していた。サブマシンガンなどの装備を多数抱えながらもその足並みに乱れはない。
通りの角で一旦止まり気配を伺うのも忘れない。街は静かだった･･･いや静か過ぎる。
（オーガーの連中も警戒している････私達以外の侵入者がいるというわけね。）
エリカは周りから伝わってくるオーガー達の気配を感じながら闇の街を走る。
自分達の居た所から街のメインストリートを挟んだ街外れに車が前に止まっている家屋を見つけ慎重に接近するエリカ。
車は廃棄されたものではなく、多少はくたびれていたが、まだ現役のものだった。
２軒ほど隣の家屋の陰に身を隠してエリカは様子を伺う。
車には誰も乗っていないようだが、家屋の中からは光が漏れ動き回っている気配がする。
車の規模からいって５,６人はいるだろうとエリカは当りをつける。
（やっかいね････一瞬で全員を押さえないとユーリーの命に関わるわ。）
相手が人間ではそうそう派手にもいかない。
別に相手のことを心配しているわけではない。
ハンターは揉め事があってもそれを力づくで解決することをしないからだ。そんなことをするのはチンピラのすること･･･ハンターのポリシーの問題だ。もっともそれは時にもよるが。
ともかく今がそうでないのは確かだ。エリカは決断する。
サブマシンガンを壁に立てかけて置くと、ベルトに挟んであった小型拳銃を引き抜く。
ユーリーに貸した物と同じ、護身用の拳銃だ。オーガーには威力不足だが人間相手では十分だ。ただし相手にする人数によるが･･･。
それを左手に持ち、右手に腰のホルスターから抜いたオーガー用の大型拳銃を引き抜く。
使いたくはないが、場合によってはこの拳銃で相手しなければならないだろう。
たぶん相手はハンターくずれで、何かヘマをやらかして道を外れた連中だ。
そうでなければ人の寝床に不法侵入してこないだろう。まして女性の･･･
そんな相手に遠慮はいらない。不埒な相手にこちらが礼をつくす義理はない。
そぉっと家屋の様子を伺い、前進するエリカ。音をまったく立てず静かに接近して行く。
見張りはいない･･･相手はよほど自信があるのかバカなだけなのか。
（すぐに分かるわ。）
難なく家屋の前の車にたどり着くエリカ。ここまで来るのに息一つ乱していない。
両手の拳銃のセーフティを外し、家屋の玄関を見るエリカ。たぶんカギが掛かっているだろう。
（ノックして開けてくれるほどお人好しでもないでしょうし････）
思案顔するエリカ。
（裏口は無さそうだし･･･せめて中の様子がわかれば。）
人質が何処にいるか分からないと迂闊に手を出せない。盾にされると厄介だ。
エリカは家屋の窓を伺う。カーテンが引かれ中が見えないが、影が先ほどから動いているのは分かる。
（窓を割ってガードホーンを投げ込んで、ドアから侵入するしかないわね。）
大型拳銃を一旦腰のホルスターを戻すと、エリカは腰のポーチを開き、緊急時に大音量を発して周りの人間に危険を知らせる携帯ブザーを取り出す。
付属しているヒモを引っ張れば凄まじい音量が出る。主に女性が使用するアイテムだ。
エリカは窓の下まで慎重に移動し、左手の小型拳銃を逆手に持ち構える。
そしてグリップで窓を割ろうとした瞬間･･･室内から男達の叫び声と銃の発射音が聞こえてくる。どうやら先に突入した"者"がいたらしい。
エリカはブザーを捨て、腰の大型拳銃を抜きドアに向う。

エリカが突入しようとしていた数分前、ユーリーは意識を取り戻していた。
「ったく･･･何してやがるんだお前らは。」
髭面の男が４人の男達を怒鳴っていた。どうやらその声でユーリーは気付いたようだった。
（ここは？･･･そうだ！誰かに襲われて･･･それから･･･）
どうやらソファーに寝かされているようだった。縛られてはいない。
目を薄く開け、周りを見るユーリー。荒れ果てているがどうやら家の中らしい。
人は怒鳴っている髭面とその前で首をすくめている４人の男達だけ。エリカやロベリアは居ない。
どうやら彼らに連れてこられたのは自分一人らしい。
（するとエリカさん達が助けに来てくれる･･･！）
会ってから短い時間だが、ユーリーはエリカ達を信頼していた。この世界では人を見る目が無ければ生き抜いていけない。ユーリーは自分の目を信じていた。
だからユーリーは慌てず静かにして様子を伺う。彼女もこの世界に生きる人間だ。ヘタな男より度胸は座っている。
「とりあえずここを引き払うぞ。この女の仲間が取り返しに来るだろうしな。」
どうやら男達は逃げ出す算段をしているらしい。この連中も余計な揉め事をしたくないようだ。
もっとも、そうだとしたらエリカ達の寝床を襲わなければ良かったのだが･･･どうも頭は良くないらしい･･･
男達が聞いたら怒りそうなことをユーリーは考えていた。
「とにかく荷物を････」
髭面の男がそう言った時だった･･･エリカのいた窓とは反対の窓が突然割れて何かが飛びこんで来る。
そして影の一つはそこにいた男に組み付く。

「ギャー！」

男が悲鳴を上げてそれを剥がそうとするが、鋭い爪がそれを許さない。
「オ、オーガー！？」
男達は慌ててオーガーに襲われた男から離れる。そのうち男が断末魔の声を上げる。
「この野郎！」
髭面の男が拳銃をそのオーガーに向けて発射するが、オーガーはそれを飛びのいて避ける。

ガシャーン！
バターン！

さらに窓を割って影が侵入するのと同時にドアが蹴破られる。カギを銃で吹き飛ばしたエリカだった。
「ユーリー！」
エリカの声を聞いて、ユーリーはソファーから跳ね起きる。危機一髪、オーガーがそのソファーに飛び乗ってくる。
そのオーガーに拳銃弾を叩き込むエリカ。体液を撒き散らし動かなくなるオーガー。
「て、てめえは？」
髭面が怒鳴るがエリカはそれを無視しユーリーの手を引っ張ってドアに向う。
男達は次々に侵入してくるオーガー達の為追うことが出来ない。
混乱に乗じて家を出た二人は先ほどエリカがサブマシンガンを置いた所まで走る。
オーガー達数匹がその二人を追って出てくる。
「先に行って！」
ユーリーに言うとエリカはサブマシンガンを取り、振り向きざまに発射する。
二匹が吹き飛ばされる。しかしぞくぞくと家屋の中から出てくるオーガー。
（あの連中、オーガーの巣の上にいたのかしら？）
出てくるオーガーに弾丸を浴びせながらエリカは思う。とにかく数が多い。
このままでは押し切られる。エリカはユーリーを追って走る。
そして走りながらポーチ横の信号拳銃を引き抜いて、上空に向け引き金を引く。

パーン！

上空で赤い信号弾が炸裂し、音が辺りに響く。
それに誘われる様に周りからオーガー達が押し寄せてくる。
「エリカさん･･･どこまで走れば？」
さすがに息が上がってきたユーリーが聞いてくる。
だがそれに答える前に、当然二人は強力な光に照らされる。
凄まじい音を立てて４ＷＤ車が角を曲がってきたのだった。そして二人の前で急停車する。
「大丈夫か？二人とも。」
ロベリヤが運転席から怒鳴る。
「何とかね･･･それより後ろにお客が来てるわ。」
「ホー♪　人気あるねエリカ。」
ロベリヤが運転席から降りてきて二人の後方を見て口笛を吹く。
「まったくね。でもこれ以上は相手しかねるわ。」
エリカは４ＷＤ車の後ろに回るとドアを開け、火炎瓶を取り出す。
「来ます！凄い数です。」
ユーリーが叫ぶ。既に通りはオーガーで溢れかえっている。
「ロベリヤ！」
火炎瓶をロベリヤに放り投げるエリカ。自分も用意する。
ロベリヤが自分愛用のライターを取り出し、自分とエリカの火炎瓶に火をつける。
「ユーリー！車の後ろに････」
「はい。」
ユーリーは返事すると車の後ろに駆け込む。それと同時に火炎瓶を投げるエリカとロベリヤ。次の瞬間、通りに火の壁が出来る。

ギャーーーー！

オーガー達の絶叫があたりに響く。目を瞑り耳を被ってユーリーはそれに耐える。
あっと言う間に数十匹が火だるまになる。さらにエリカがサブマシンガンを、ロベリヤがライフルを連射する。
さらに数十匹を吹き飛ばすと、オーガー達が逃げてゆく。それを見て射撃を止める二人。
「帰ったな････」
「そうね･･･ユーリー、もういいわよ。」
車の陰からユーリーが出てくる。
「終ったんですか？」
「そうみたいね。とりあえずここを離れましょう。」
エリカはそう言ってユーリーを車に乗せ、運転席に乗る。ロベリアは助手席だ。
火が残る通りを離れ４ＷＤ車は街の出口に向う。夜が明けかけている。
「ようやく朝かよ。ホント長い夜だったぜ。」

ロベリヤにとって、いやエリカやユーリーにとっても長い夜が終ろうとしていた。