トワイライトクライシス

街を出て数時間たっていた。
3人を乗せた４ＷＤ車は目的地までのコースの半分に到達しようとしていた。
「そろそろ泊まる所を決めないと。」
エリカは片手でハンドルを操作し、もう一方の手で器用に地図を開きながら言う。
ロベリヤはその地図―エリカ特製手書きの地図―を覗き込む。
「泊まるって、いい場所あるのかい？」
地図を見てコースを調整しながらエリカは一点を指す。
そこには街を表す記号にバツ印が付いた所だった。
「もう人は住んでいないわ。」
エリカは地図をダッシュボードに放り込むと、アクセルを踏み込む。
「放棄された街ってわけか。」
ロベリヤは両手を頭の後ろで組むとそう呟く。
この時代、住むことが出来なくなり放棄される街は珍しくない。
その理由は様々だった。
多くはオーガーが近くに大量に発生した場合である。
他に、水脈の枯渇とか、風土病の発生による住民の全滅など。
理由はそれこそ数多い。
気候だけでなく、人間の未来までが黄昏になってしまっている時代だった。
「疲れてない？」
エリカはリアシートにいるユーリーに肩越しに聞く。
「いえ大丈夫です。」
少し疲れているようだが、はっきりした言葉で答えるユーリー。
旅慣れているのは確かのようだった。

やがて、前方に崩れかかった家屋が見えてくる。
すでに日は落ちかかっており、周りは急速に暗くなり始めている。
ライトを付け、エリカは４ＷＤ車を街の中心部である広場に乗り入れる。
広場は当然のごとく荒れ果てており、街が放棄されて数年経っていることを表していた。
エリカは４ＷＤ車を広場の水汲み場の前に止めると、銃を腰のホルスターから抜いて降りる。
ロベリヤも同様に銃を構えるとエリカに続く。
辺りを調べ、オーガーが潜んでいないか確認する二人。
「ＯＫ、大丈夫みたいね。」
銃をホルスターに戻しロベリヤに言うエリカ。
「そうだな。ここでいいだろう。」
周りを見ながらロベリヤは返事をする。
広場の周りの家屋はどれも崩れかかっているが、何の気配もしない。
車に戻りキャンプ用具を降ろす。
もちろんトラップを周りにセットするのも忘れない。
それが済むと夕食の準備を始める。
「もう少しですね。」
ユーリーは湯で溶いたスープの入ったカップを両手で持ちながら２人に話し掛ける。
ここまで順調だったせいか、その表情には安堵感がある。
エリカは苦笑いしながら答える。
「半分はね･･･まだ半分残っているわよ。」
「まあ、確かにそうだな。安心するのは目的地に着いてからにした方がいいぜ。」
カンパンをかじりながらロベリヤが言う。
「そう･･ですね。すいません。」
２人に言われ顔を俯けてしまうユーリー。
「まあ気持ちは分かるけど････」
エリカはそう言って立ち上がると４ＷＤ車に向かいながら二人に言う。
「一応回りを見てくるわ。貴方達は寝る準備をしていて。」
荷台から大型のライトを取り出し、エリカは周りの家屋を点検し始める。
これは安全確認とともにトイレが使える家がないか探すという目的もある。
屋外でというのは、出来れば女性としては避けたいところだからだった。
（最悪の場合、携帯トイレがあったが。）
探し始めて４件目で何とか使えそうなのを見つけ、エリカは２人の元に戻る。
２人にその場所を教えた後、エリカはユーリーに護身用の銃を渡す。
「多少は使えるわよね。まあ保険みたいなものだけど。」
受け取った銃を両手で持ちながらユーリーは頷く。
「はい、大丈夫だと思います。でも出来れば使いたくないですけどね。」
全てを終え３人は寝袋に潜り込む。
疲れていたせいか直ぐに寝息を立て始める。
廃墟と化した街の中心部で、３人は静かに休み続ける。

それから数時間後、むくりと起き上がる一つの影。
ユーリーだった。
寝袋から這い出した彼女は目をこすりながら立ち上がる。
「トイレ････。」
ユーリーは寝袋から先ほどエリカから渡された銃を取り出すと広場の外へ向う。
仕掛けられたトラップを避け、トイレのある家を目指す。
周りは耳が痛くなるほどの静寂に包まれている。
その静寂に耐えながらようやく目的地の家に辿り着く。
明かりもないその家の不気味さに震えながらユーリーは中に入って行く。
荒れ果てた家の中は外以上に不気味だった。
びくびくしながらトイレを見つけたユーリーは用を済ませほっとした顔で家を出る。
星も見えない夜空を見上げながら寒さにぶるっと震える。
とりあえず用を済ませたユーリーが広場に向おうと振り向いた瞬間。
ユーリーは闇夜から伸びてきた手に身体を拘束される。
「ひ、ひー・・・」
悲鳴を上げようとするが、恐怖の為掠れた声しか出ない。
（助けて････）
ユーリーは恐怖の中意識が遠のいてゆくのを感じた。

闇の中から広場に近付いてくる影。
ライトの点いている広場は遠くからでも様子がはっきりと見える。
だから近付いてくる”影”達は行動するには楽だと思っていた。
が、それはエリカの目論見通りだった。
”影”の一人が張られていたコードを引っ掛ける。
そう、光に注意を向けさせ警戒用のコードを気付かせないというのが狙いだったのだ。

ピー

鋭い警報音が辺りに響き、”影”達は慌てふためく。
次の瞬間、寝ていた二人は起き上がり”影”達に銃を向ける。
「ありゃ？人間かよ？」
ロベリヤはウンザリした様子で言う。
「ある意味オーガーより始末が悪いかもね。」
エリカは音に算を乱す男達を見ながら、こちらもウンザリした顔で言う。
「何のつもりか知らないけど、若い女性の寝込みを襲うなんて。」

バン！

男達の足元に弾丸を打ち込む。
「ひいー！」
情けない声を上げ、男達は闇に逃げてゆく。
「･･･ったく、人が気持ちよく寝ていたっていうのに。」
欠伸をかみ殺しながらロベリヤがぼやく。
だがエリカはそれに答えず傍らの寝袋を見詰めて溜息を付く。
その寝袋を使っていたユーリーが、今はいない。
「やっかいな事になったみたいね････」

４ＷＤの荷台から愛用のサブマシンガンと予備のマガジンを取り出す。
サブマシンガンを肩に掛け、腰のベルトのマガジンパウチにマガジンを入れる。
拳銃の装弾を確認し、腰の後ろのホルスターに入れる。
大型のナイフをブーツ横にあるポケットに差し込んで準備は終った。
「一人でいいのか？」
ロベリヤはキャンプ用具を片付けながら聞いてくる。
「貴方はここで車を見張っていて。そしていつでも出発できるように御願い。」
信号銃を腰に付けたポーチの横に差し、エリカはロベリヤを見る。
「急いでここを出て行くことになるかもしれないから。」
ロベリヤは肩を竦め、頷く。
「それじゃ････」
装備一式を身に付け、エリカは闇に走り出して行く。
それを見ながらロベリヤは呟く。
「長い夜になりそうだ。」

夜明けはまだ大分先のことだった。